第2話 山の中の屋敷
サラク国はメカラス連邦の首都ゼロクロスから離れた地である。この国の王であるラゴン王は評議会のメンバーであるため、首都にとどまっていた。そのためこの地は専ら大臣たちが王に代わって政を取り仕切っていた。
この地に旅の方術師の老人が足を踏み入れた。国境の峠を越えると空には灰色の雲が地上を照らす日の光を遮っていた。そしてそこには多数の黒いカラスが飛び回って大きな鳴き声を上げ、不気味な雰囲気を作り出していた。
(これは何かある・・・)
彼はそこで殺伐とした空気を感じ取っていた。権力を我がものとせんために血で血を洗う争いが起こるようであることを・・・。それは懐の水晶玉をのぞかなくても明らかだった。それは横にいる供のキリンも感じていた。
しばらくすると道端で足をくじいて痛がっている者がいた。その様子からどこかの屋敷に使える使用人風の初老の男だった。
「どうしたのじゃ?」
「石につまずいて転んでしまって・・・あいたた・・・」
「これはいかん。どこか手当てができるところに・・・」
「私は向こうにある屋敷で奉公しております。そこまで送っていただければ。」
「わかった。キリン。おぶって差し上げなさい」
「はっ!」
キリンはその男をおぶって老人とともに道を歩いた。
「私はジンベと申します。この先に古い屋敷があります。そこは長く誰も住んでいなかったのですが、最近、私の主人のダンロー様が移られてきたのでございます」
「ダンロー様?」
老人はその名に聞き覚えがあった。若くして才豊かな男で確か、サラク国の政に大臣とともに力を尽くしているはずだった。
「ええ、ダンロー様です。王様の遠い親戚にあたられる立派な方です。それが専横をふるう次席大臣であるゲキ様に目を付けられ、城外追放になったのでございます」
「ほう。そんなことが・・・」
「それでこんな辺鄙なところにお住いなのです。あっ! 見えてきました。あそこです」
ジンベは指さした。確かに木々に隠れて古びた屋敷があった。老人たちがその近くに来ると、若い女が通りかかり、
「何か御用でございますか?」
と尋ねた。その服装からは下働きの女という感じだったが、その物腰からは高貴な家の娘だと思われた。彼女はキリンに背負われたジンベを見て驚いた。
「いかがされたのです?」
「道で足をくじいたところをこの方たちに助けられたのです」
「それはどうもありがとうございます。どうぞお上がりください」
その女は老人たちを中に入れ、板の間に案内した。そこでキリンはジンベを下ろし、老人は彼の足を診た。
「うむ。これはかなりひねっておる」
老人は呪文を唱えてジンベの足をさすった。すると少し足の痛みが取れたようだった。それを見て女が尋ねた。
「お医者様なのですか?」
「いえ、私は旅の方術師でライリーとお申します」
「これは申し遅れました。私はこの屋敷の使用人でユリと申します」
その答えもしっかりしており、彼女はただの使用人ではなさそうだった。それにジンベがこのユリを敬っているようにも見えた。それが少し気になった老人はジンベの足に湿布をしながら聞いてみた。
「ここにはダンロー様とあなた方だけですか?」
「いえ、もう一人、お勝手を手伝うサキという娘がおります」
「そうですか。先ほどあなたはここの使用人と言われたが、ダンロー様のご家族、いや奥様ではないのですかな?」
訳ありと見た老人は少し鎌をかけてみた。ユリはいきなりそんなことを言われて「えっ!」と一瞬、驚いたが、すぐに微笑みながら答えた。
「いえ、ただの使用人です。つい最近、ここでお世話になっているのです」
「ほう。では元々は地位のある家の出ではありませぬかな?」
「いえ、そんなことは・・・。私のことよりジンベの足の方はいかがでしょうか?」
「うむ。すこし治るのに時間がかかろう。もしよければしばらくここに逗留させていただいてジンベ様の足を診させていただけぬかな?」
「それはもちろん。ぜひ、お願いします」
ユリは深々と頭を下げた。
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