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第1話 果たし状

 机の上には一通の書状が置かれていた。それは先ほど渡されたものだが、ダンローは中を開こうとしなかった。彼はただ窓の外から外をぼうっと見ていた。

 そこから見える山々の景色は雄大で普段であれば気が休まるのだが、今日に限っては厳しく陰鬱な姿に映っていた。ダンローは机の上の書状にまた目を移し、深いため息をついた。彼はもう四半時も同じことを繰り返していた。

 その書状には鮮やかな手でこう書かれていた。


『果たし状』


 それはかつての許婚のアサカから渡されたものだった。破談になって三月、お互いにまだ思うことは多かった。しかしこのようになってしまったのだ。ダンローには帰っていくアサカの後ろ姿がまだ心に焼き付いていた。気丈にも顔を上げて歩いてはいたが、その背中ははかなく寂しげだった。


 ダンローの頭の中には懐かしい思い出が浮かんでいた。幼き頃にダンローはこの国でも権威ある道場に入門した。そこには同い年の道場主の娘のアサカがいた。彼女は公爵令嬢にもかかわらず、女だてらに剣術を好み、彼より一足早く入門していたのだ。


「ダンロー様ですね。私が相手をして差し上げますわ」


 アサカはそう言ってダンローに木刀を渡した。


(女だてらに生意気な!)


 ダンローはそう思って木刀でかかっていったが、まるで歯が立たず、簡単にいなされてしまった。アサカは微笑みながら、


「筋はおよろしいようですよ」


 と上から目線で言った。それは(自分にかなうはずはない)と思っているかのようだった。

 負けず嫌いのダンローはそれから一生懸命に剣に打ち込んだ。すると彼はめきめきと腕を上げた。そして短期間でアサカとほぼ互角に立ち会えるようになり、ダンローはアサカから一本を取ることも増えていった。


「どうであった?」


 勝ち誇ったダンローはアサカに聞いてみた。


「腕を上げられました。でも次は負けませぬ」


 アサカは悔しそうに答えて、また勝負を挑むのであった。ダンロー様など私の敵ではない・・・と思っていたアサカは彼を強く意識するようになった。

 こうして2人はお互いに競い合って腕を磨いた。そしてついにはアサカは女の身でありながら剣の腕ではそこいらの剣士に後れを取らないまでになった、いや道場で1、2を争うほどの腕前と言っても過言ではなかった。もちろんダンローもそれに匹敵する腕を持っていた。

 やがて大人になり、仲睦まじくなった2人の婚約がまとまるのは自然の成り行きだった。ダンローは王家の血を引く名家の出、方やアサカは権威あるスザキ道場の公爵令嬢、絵にかいたような理想的な夫婦となるはずだった。

 だがそれはこの国に渦巻く陰謀に巻き込まれて消え去ってしまった。それどころか、剣を交えることになるなど・・・ダンローは物思いにふけり、その気持ちは複雑に揺れていた。そこに、


「トントントン」


 と部屋のドアを叩くものがあった。それでダンローははっと我に返った。多分、使用人のジンベが自分の様子に心配してきたのだと思って、


「入れ」


 と声をかけた。するとあの老人が部屋に入ってきた。


「お邪魔いたします。少しよろしいかな?」


 老人は優しい笑みをたたえながらそう声をかけてきた。ダンローはこの老人に何もかも話したい気分に襲われていた。それにしてもこの老人は不思議な人物だった。やさしさの中に厳しさがあり、すべてを見通しているかのようだった。

 この老人がこの屋敷に現れたのは数日前だった。



 ――――――――――――――――


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