訓練と高宮ら
部屋で一晩過ごした俺たちは食事を終え訓練をするために闘技場へと足を運んでいる。
「それにしても部屋も食事も豪華でござったな」
食事はフルコースのような形で次々と運ばれてきてどれも美味かった。その頃にはクラスメイトは落ち着いておりどうにか一晩で落ち着くことができたのだろう。
「そうだな。流石は城といったところだな」
「でもここからが地獄でござるよ〜。部屋に引きこもりたいでござる〜」
昨日までの威勢はどこへ行ったのやら。そうこうしている内にどうやら闘技場へ着いたようだ。
「これはすごいね。あっ! くろ……燈夜も着いたんだね。昨日はよく眠れたかい?」
「いや、あまり眠れなかったな。やはり普段と違うベッドではなかなか落ち着かなくてな」
眠れなかったというよりは色々調べることがあっただけなのだが、それはいいか。
「同感だよ。それとまだ頭の整理ができてなくてね」
「おはようございます。燈夜さん」
「ああ。おはよう栞」
余談だが彗の要望で妹の栞とも名前を呼び合う関係になった。だからなんだと言われたら終いだが十分ビッグニュースである。
「……?どうかされましたか」
「いや、何でもない。気にしないでくれ」
正直俺は今の状況に驚いている。そろそろ入学して半年が経つが昨日までの俺は他クラスはおろか、クラスメイトでさえ上手く関係を築けないでいた。しかし、この1日で南兄妹という客観的に見て周囲の憧れの存在である2人と関係を築くことに成功した。
友達を作るという感覚は久しいものであるためなんだか少しだけ心が躍っている気がした。
「それならいいのですが」
「燈夜殿。ちょっといいでござるか?」
後ろから三村が小声で俺に話しかけてくる。
「どうしたんだ?」
「いつからあの兄妹と仲良くなったんでござるか?拙者は置いてきぼりでござるよ」
何だ。そんなことか。と思いつつも昨日のことを知らない三村には簡単に伝えておくことにしよう。
「昨日ちょっとな」
「その“ちょっと”が気になるでござるよ!」
たいそう知りたそうな表情で俺に訴えかけてくるがもし、俺が話したら巻き込まれる気がす――
「2人でコソコソ何を話しているのかな?」
すまないな、三村。巻き込まれてくれ。
「そうですよ。隠し事ですか?」
三村のおかげでどうやら兄妹に変な不信感を抱かせてしまったらしい。
「いや、気にしないでくれ。ただ、彗や栞のことが気になったらしいんだ」
「燈夜殿!そんなこ――」
「そうだったんだ! 僕も燈夜と仲の良い君のことが気になっていたんだよ!」
三村の抵抗も虚しく彗に遮られてしまった。
「そ、そうだったでござるか。よ、よろしくでござる」
「うん。よろしく。君と話すことができて嬉しいよ」
彗は三村と会話ができたのを心の底から喜んでいるようだった。それに対して三村。何をやっているんだ。
「そうだ! 三村くん。妹にも仲良くしてやってくれないかな?」
「え、ちょっと兄さ――」
「もちろんでござるよ。よろしく頼むでござる」
「はぁ。よろしくお願いします」
栞の抵抗は呆気なく三村に遮られてしまった。しかし、三村と友好関係を気づいている俺からして三村に友達が増えるのは喜ばしいことだがな。今はまだ三村への対応に困っているようだが追々適応していくだろう。いや、してもらわないと困る。
……………
ぞろぞろとクラスメイトが集まりそこで暫く待っていると数名の兵士を連れたガタイの良い男がやって来た。
「勇者方よ。騎士団長を務めるダレルだ、今日からお前らに対魔物の稽古をつける。よろしく頼む」
何とも近寄り難い雰囲気を醸し出すダレルだが実力は本物だろう。立ち姿からオーラが溢れ出ている。
「ダレルさんですね。今日からよろしくお願いします」
早速才原がダレルにコミュニケーションを図る。
「貴様が噂の英雄か。ふむ。良いオーラを持っているな」
「ありがとうございます。ところで今日はどういった訓練を?」
今回も、一番聞いて欲しい事をサラッと聞ける才原はさすなだな。
「ちょうど今から伝える所だった。ゴホン。今日はまずお前らにどれだけ武術の心得があるかを見させてもらうため、基本訓練から行う。まずは剣の素振りからだ!」
ここからダレルの訓練が始まる。
……………
「そこ!そんなへっぴり腰じゃあすぐに魔物に喰われちまうぞ!」
「ひぃ! 難しいでござるよ〜」
素振りが開始した直後、早速三村が注意を受ける。てっきりすぐ諦めてしまうかと思っていた。が珍しく真剣な顔つきで取り組んでいるの見て些か呆気に取られた。
「そんなにこちらを眺めてどうしたでござるか?」
「いや、お前の真剣な姿を初めて見た気がしてな」
「ちょっと失礼じゃないでござるか?拙者だってやる時はやるでござるよ」
できることなら“やる時"ではなく常にやって欲しいものだな。
「何か動機があったりするのか?」
「もうな……で…………い……」
発言がフェードアウトしていき後半が全く聞き取れない。
「ん? 何だ?」
「な、何でもないでござるよ。ただの気まぐれでござる」
「そうか。ならいい。」
間違いなく何か動機があるのだろう。しかし本人が言いたくないのならそれ以上の詮索は不要だ。
……………
あれから昼食を挟み7時間程訓練を行なった。
三村はあの後にも数回注意を受けていたが、終わる頃にはぎこちなさはほぼ無くなっていた。そして、他のクラスメイトも同様だったが、通常、素人が1日で素振りの構えを整えることは出来ないだろう。
もしかしたらステータスの補正で習得スピードが上がっているのかもしれない。
「今日はここまでだ!初めての訓練で疲れている者が多いだろう。今日は部屋でゆっくり休み明日に備えろ」
やっと終わったか。剣の扱いに関してはからっきしできないためコツを掴むのに苦労したが少しずつわかって来た気がする。
「と、燈夜殿……拙者はもうダメでござる……」
今にも倒れそうな状態の三村が俺のもとにやってくる。訓練は本当に基礎ばかりを繰り返し繰り返し行なっているため、肉体、精神共に負荷がかかりクラスメイトの大半は顔が死んでいた。
「良い運動になったんじゃないか?」
「拙者には逆効果でござるよぉ」
「気づけばほとんどの奴らが部屋に帰った様だし俺らも戻るか」
今この部屋には俺らと別にもう1つグループが残っている。そのグループとはできることなら関わりたくないため、早く部屋に戻ろうとする。が、
「お〜い、ちょっと待てよー黒沼ぁ!」
その願いは届かなかった様だ。その相手とは高宮たちだ。今回は高宮だけでなく2人の子分も連れてきたようだ。名前は赤田昇と松田俊彦だ。
「どうした?」
「テメェら最近調子乗ってるだろ。特に黒沼ぁ。なぁにいい気になっちゃってんの?」
「……」
何を返しても火に油を注ぐことになりそうなのでここは静観を貫く。
「シカトかよ。とことんウゼェ野郎だな。松田ぁ!」
しまった。結局はこれも失敗だったらしい。それになぜか、高宮に呼応した松田は右腕を円を描くようにブンブン振り回して臨戦態勢を取っている。
「燈夜殿。これはピンチでござるよ」
三村が震えた声で少し怯えている。
「だな」
俺はそう短く返す。
ここで一番避けるべきはやり合うことだ。出来るだけ穏便に済ませる策もあるが、それにはまだ少し時間がかかる。さて、どうして時間を稼ごうか。
「高宮さん。こんな奴に構うだけ無駄ですよ」
赤田はあまりこの状況を望んでいないのか高宮が早く立ち去るよう遠回しに訴えかける。
「やっちゃいますか?ケヒヒ」
それに対して松田は気味の悪い笑い声を上げる。
「やれ、松田」
「あいよ〜」
高宮の呼びかけと共に松田は地面を蹴り俺の元へと距離を縮める。
距離にしてはおよそ5メートル。
松田が大きく振りかぶり俺の元へと殴りかかる。が、俺はそれを落ち着いてバックステップでかわす。
「んー? 避けられたぁ」
続けてまた単調なモーションで拳を繰り出すが、次はそれをあえて両腕でガードする。
「……っ」
決定打を決めきれないことにイラついた松田が舌打ちをする。その後にも何度も拳を繰り出すが、中々決め切ることができない。
俺も一応拳を打つが、あえて松田の防げる範囲、スピードで打ち込む。
「何やってる。変に躊躇うんじゃねぇよ」
恐らく高宮には松田が躊躇して手を抜いているせいで俺と対等な戦いになっていると思っているだろうが、打ち出されるパンチを見るからに一切躊躇いはない。いや、躊躇いがないのも困るのだがな。
そして、松田は本気でやってるからこそそろそろ感じてくるだろう。この不気味な異変に。
「おい松田。ふざけるのも大概にしろ。変われ」
この終わりの見えない戦いに痺れを切らした高宮がとうとう割って入る。
どうやら存外時間をかけてしまっていることに腹を立てているのか鬼の形相で俺を睨んでいる。先程まで隣で並んでいた松田はいつの間にか横にはけ視線を下に向けたまま汗を垂れ流している。
「流石に高宮さんが出たらやばいっすよ。取り返しがつかなく――」
「テメェは黙ってろ」
頭に血が上った高宮に危機感を感じた赤田が必死に止めようとするが、殺気の籠った視線にすかさず身が竦む。
「赤田。余計な事はするなよ」
そう短く放った高宮は地面を強く蹴り俺の顔面へと拳を繰り出す。動作こそは単純であるが赤田よりも充分に速い。それを冷静にガードする、が想像以上の衝撃が腕を襲い後ろへと態勢を崩す。立て直すことは可能だが俺はそのまま重力に体を預けることにした。そして高宮の2発目の左拳が俺のガラ空きの腹部へ直撃する。
衝突の刹那、俺は残った右足の踵で後ろに飛びそのまま地面に倒れ込む。
「と……燈夜殿!」
「なんだよ、ワンパンとかクソザコじゃねぇか。でもなぁ〜! まだ終わらせねぇぞ!」
倒れている俺に向かって蹴りを飛ばそうとするが――
「おい! 高宮! そこで何をしている!」
ようやくか……
――担任である田嶋が駆けつけてきた。