入学式2
「じゃあ、お母さん校内販売所で野菜買って帰るからね、なにか必要なものがあれば連絡してきなさいよ」
「わかったから。もう大丈夫」
諸々の手続きや受け取りを終え、保護者がちらほらと帰り始めた。
親元を離れ寮生活を送る人間も多い。
涙混じりに別れを告げる親子の姿も見える。
「翔真!あんたちゃんと勉強しなよ!ただでさえ馬鹿なんだから!」
「わーかったって!ほらもう行けよ姉貴!」
……御手洗と、そのお姉さんだろうか。
御手洗が背中を押して帰そうと頑張っていた。
「っうお成田。すまんな騒がしい姉で」
「いや、別に……」
「ん、翔真の友達?すいませんこの子馬鹿ですけど素直なやつなんで。どうぞ仲良くしてやってください」
深々と頭を下げられた。見た感じ大学生だろうか?
少し化粧が濃い印象を受けたが、綺麗な人だと思った。
「いーいーかーら!もう行けって!」
そうして御手洗との問答の末、最後まで何度も振り返りながら帰っていった。
「くそ……悪いな、うちの姉が絡んで」
「いや、別に気にしてないけど……」
「はー!でもようやく開放された!これから3年間、自由に暮らせるぜー!」
大きく伸びをしながら御手洗が言う。
確かに、実家から離れるという意味では自由になれるかもしれない。
とはいえ、放課後の自由時間なんかは中学の時よりは減るだろうな。
「昼飯までまだ時間あるよな。せっかくだし校内見て回るか?」
「ん、そうだな。そうするか」
一部の生徒は寮で荷ほどきをしているみたいだが、ほとんどの生徒は校内に戻ろうとしている。
校内を見て回ろうという生徒だろう。
多岐にわたる部門を学ぶこの学校では、当然それに伴って教室の種類も多い。
教室棟とは別に農学棟、工学棟、実験棟があり、それとは別にある大きな聖堂が異世界への入り口だ。
聖堂への立ち入りは厳重に管理され、基本的には3年生が教師の引率と共にしか入れないらしい。
農学棟、工学棟共に普通の学校の敷地ひとつぶんくらいの大きさがあり、実験棟に至っては地下にも広いらしいので、更には放牧地、田畑や山、工業プラントなんかもあり、もはやその規模はいち市町村を軽く越えるなんて噂もある。
それらの校舎を半日で見て回るのはいくらなんでも無理だし、覚えきれる自信もない。
学校関係者のみが使える案内アプリでだいたい迷わずに着けるようにはなっているらしいが、一応散歩程度に学内を見て回るのもいいだろう。
「っていうか成田なに食ってんのソレ」
「味噌ポテト。校内の食材で作ったやつだって。なんか向こうに先輩たちのやってる屋台村があって、放課後と休日営業してるらしい。アプリでバーコード出せばもらえた」
どうやら、バーコード読み取りで加点され、上位成績者には報酬が出るとかそういうルールらしい。
「まじか、行ってくるかな。昼飯までにちょっと腹に入れとくか」
「おう。結構人いたから混む前に行ったほうがいいかもな」
「まじか。ダッシュしてくるわ」
「じゃあそのへんで待っとくわ」
食べざかりの男子高校生なだけあって、さすがに抗えなくて先に食べてしまった。
とりあえず、オープンテラスのベンチとテーブルがあったのでそこに陣取っておくか。
「やっべえ、うめえ。食いすぎちゃうだろこれ」
「なんで両手いっぱいに抱えて帰ってきてんだよ」
夏祭りではしゃぎすぎたやつみたいになってるし。
「すまん、食うの手伝ってくれ。あ、これ飲み物」
「異世高コーラて……こんなもんまで作ってんのかこの学校……」
「缶も作ってるらしいぜ。アルミから」
「校内に鉱床あるとかじゃあるまいな……いや、実験棟の地下とかありえるのか……?」
予定変更で御手洗の買った屋台飯を片付けることになった。
「うっわ!オムそばうめえ!」
「牛串やべー……しっかり火が通ってるのにめちゃくちゃ柔らかい……」
結局二人してしっかり食べている。
「てゆーか、お前マジで買いすぎだろこれ。なんか周りの視線集めてねーか?」
「あ、やっぱり?やべえなこれ。入学早々有名人か?」
「バカ認定されてるだけじゃねーのかそれ。嫌だぞ俺」
若干注目されてる気がしないでもない。そりゃそうだろうな。
入学式の食事会の前にしっかり食ってんだもん。
「ね、ねえ!君たち同じクラスだよね!?」
「ん……」
自分達の机に近づいてきた人影。
クラスメイトの川見理恵だった。
「……おい御手洗、バカ2号だぞ」
「ばっかオメー先に食ってたのはお前だろ。お前が1号。こいつはバカ3号だ。」
「いきなりバカ3号ってひどくない!?」
「うっせーばーかばーか」
バカ3号こと川見が俺たちに近づいてきた理由もお察し。
「なんでそんなに取ってきたんだよ。この後昼飯だろ」
「それ御手洗が言えたセリフじゃねーから」
「お願い!手伝ってぇ!」
両手いっぱいに串だの皿だのを持った川見が、涙目で頼み込んでくる。
「もらうならせめて一人前までにしろよ」
「そうだよ。なんで3人前くらいあるんだ」
「食べれると思ったんです!見通しが甘かったんです!学内で食べ物粗末にすると減点らしいし!お願いします助けてくださぁい!」
減点なんてものがあるのか。
「そんなこと言われても合計で5人前くらいあるしな」
「単純計算で二人前多いんだよなあ」
オムそば 1
たこ焼き12個入り 1
味噌ポテト 1
フライドポテト 1
ケバブ 2
カレー 1
とろろステーキ丼 1
豚骨ラーメン小 1
牛串 2
芋煮 1
チーズバーガー 1
豚の角煮 1
「……さっき御手洗が屋台行ってる間に聞いたんだけど、昼の食事会は食材を残さず食べるように1年生に教え込む洗礼らしくて、そこでもめちゃくちゃ食べさせられるらしい」
そしてまんまと屋台に釣られた生徒が毎年痛い目に合ってるらしい。
「うそぉ!?うわーやらかしたぁ!なんでこんなにもらって来ちゃったんだアタシ!もー!先輩達が小さいからたくさん食べなっていっぱい差し出してくるから!」
「くそぉー!俺も体が大きいから腹減るだろって次々渡された!あれは親切じゃなかったのか!?」
どうやら二人共同じような手口に引っかかったらしい。
ちなみに俺はちゃんと遠慮した。
でも周りを見ると、自分たちと同じように食事会の前に間食をしてる生徒が増えてきていた。
意外と上級生もフードロスの減点を避ける為に下級生に食べ物押し付けようと必死なのかもしれない。
せめて調理済みかつ美味なのが救いだろうか。
「にしたって量が多いな……せめてあと一人くらい居ないと……」
「うぶぷ……成田くんコーラもらっていい……?」
「いいけど……」
間接キス……とかは気にしないか。
「……誰か手伝ってくれそうな人間にアテは?」
「ない!」
「同じくで〜す!」
詰んだか?
「さっきから気になってたんだけどさ」
「お、何か妙案か成田」
「言うてみたまえ〜」
「おい俺今すぐここを離れてもいいんだぞ」
「「すいませんでした!」」
なんでバカ二人に付き合わされてるんだ俺も。
まあそれはそれとして。
「……あそこに、どう見ても何も食ってないやつがいる」
生徒で賑わうガーデンスペース。
ベンチや芝生で談笑や食事をしている生徒達の中で、一人ベンチで読書をしている人間。
新入生代表かつクラスメイトの山城だ。
「あ、あ〜。山城ちゃんかぁ」
「川見、お前の後ろの席だろ。なんとかヘルプ申し込めないか」
なんか自己紹介の後も話しかけてたから、全く知らないというわけではないだろう。
「おうふ。見るからに真面目な山城ちゃんを我々三馬鹿に誘いますか。なかなかワルですなあ」
「おい俺を入れるな。お前と御手洗のバカコンビだ」
「ていうかそこまで言うなら成田が行ってみたらいいんじゃね?」
「そうだそうだー」
バカコンビ(こいつら)……
「……はあ。ちょっと声掛けてくる」
「うお、行きましたよ彼。どうですか解説の御手洗さん」
「なんやかんやナンパしたかったんでしょうねえ」
「このまま走ってここから逃げてもいいんだが!?」
「「すいませんでした」」
そもそもこの状況の元凶だという自覚くらいは持っておいてもらいたいものだ。
「ったく……」
呆れながらとぼとぼと歩き、しぶしぶ山城の座るベンチに向かった。
山城は、教室ではつけていなかったメガネをつけ、文庫本を手に佇んでいた。
非常に絵になる。
絵になるが。
目が合った。
ビクッ、と一瞬体を震わせ、無言でこちらを見つめてくる。
まあそりゃそうか。当然の反応だと思う。
入学式に知らない男子が自分めがけて歩いてくるのはちょっと怖いだろう。
少し離れ気味の位置で立ち止まり、話しかける。
「あ、あー……山城、だったよね。今いい?」
「あぇ、わ、私ですか、あの、えっと……はぃ……」
(おや?)
なんだか思っていたのとは少し違う印象。
新入生代表挨拶やクラスの自己紹介では凛とした委員長タイプな印象を受けたが。
今の目の前でおどおどした山城は、小動物といった印象。
悪い言い方をすると、キョドっている。
眼鏡も相まって、いやメガネ自体はめちゃくちゃ似合っているけど、だけど黒髪ロングで眼鏡でこの感じ。
……陰の者だ。たぶん。
だとわかれば話しかけけるのに躊躇はいらない。
というか、こっちが頑張って話しかけないと話が進まない。
「あの……お腹、減ってない?」
「あ、はい。少し……でもこの後食事会なので……」
「……そうなんだよね」
そうなんだよ。
この後食事会なんだよ。
だのにモリモリ食ってる我々がどれだけアホなのか。
主に俺じゃない2名のせいなんだけど。
あと上級生にハメられたというのもあるけど。
「先輩達がやってる屋台村、もう見た?」
「なんですか?それ……」
知らなかったとは。
周り、けっこう食事中の生徒多いと思うんだが……
「向こうの方でやっててさ、いろんな食べ物が無料で食べられて……食事会の前哨戦というか、たぶん歓迎イベントの一貫みたいな感じなんだと思う」
「そうなんですね……知りませんでした……」
「それでさ、今あそこで一緒に食べてて、良かったら山城さんもどうかなって」
「わっ」
「わ?」
なんだかすごく驚いてらっしゃる。
「い、いいいいいいいんですかっ!?」
「おおう」
すごい勢いで立ち上がった。
嬉しそう、というか興奮してらっしゃる。
漫画的表現におけるシイタケ目というか、目の中に星が輝いているというか。
とにかく、どうやら参加には前向きらしい。
「あ、あー、うん。あそこのテーブルで集まってるから、もしよかったら来て……」
「はい!よろしくお願いします!」
若干鼻息荒く返されたが、思った以上に前向きになってもらえたのはありがたい。
とにもかくにも、我々は追加の胃袋を手に入れた。
これでなんとかあのバカコンビの凶行も解決するだろう。
「ただいまー」
バカコンビの元へ戻る。
なんだぁてめえらニヤニヤしやがって。
「どんまい」
「いやーフラれちゃいましたなあ」
楽しそうにそんな事を言う。
腹立つ顔だなしかし。
「は?いや来るって言って……あれえ!?」
後ろを振り返る。
話の流れ的に後ろに着いてくるくらいはしてると思ったけど、そこに山城の姿はなく。
なんだったらさっきまで居たベンチにも居なかった。
「どこ行った!?」
「なんかあっちの方に走ってったぞ」
「成田くん何言ったのー?ダメだよ怖がらせたら」
「いや、来るって言ってあれぇ?」
なんだかすごく好意的な返事に見えたが、まさか口実で俺が目を離した隙に全力逃亡?
おいおいおいそんな悪意あるように見えたか?見えるな。入学式初日にナンパだもんなほぼ。
(うわーうわーうわー最悪かもしれんクラス替え無いって言ってたのに初日からこんなこじれた人間関係抱えるとかマジで勘弁してくれ)
「成田くーん?おーい?大丈夫かー」
「放心してやがる……入学初日にフラれたんだからこうもなるか。無念……」
「山城ちゃんには後で私から説明しとくからさー。とりあえずさっさと食べようぜい」
そう言いながら川見が目の前にポテトを差し出してきた。
「うわー、まじかー。迷惑だったかなあ俺……第一印象最悪じゃん……もう嫌……」
「だーいじょぶだって〜ちゃんと私からも言っておくから」
「3年もあるんだからいつでも誤解解けるって!あんま気にすんな!な!?」
なんだか慰めの言葉を掛けられているけど、そもそも俺お前らに巻き込まれたからこうなってんだよね?
腹立ってきたな。
痕残らん程度に一発殴ってやろうか。
などとモヤモヤしていたら。
「お、おまたせしましたっ!」
背後からさっき聞いた声。
山城の声だ。
そうかそうかやっぱりさっき言ってた返事は間違ってなくて、こっちに来てくれたんだ。
御手洗が俺の後ろを見て絶句している。
おいおいなんだよ、ナンパ失敗とか笑いやがって。見たかこのやろう。
川見が俺の後ろを見て絶句している。
喜べ喜べ、なんだかんだで入学初日で4人グループだぞ。ひとまず学生生活の初動としてはいいスタートじゃないか。
ああ、山城も本当にありがとう、これでなんとか目の前のこの食料の山も片付きそう───
「あ、あのっ!屋台行って美味しそうなもの頂いてきましたっ!皆さんのぶんもあるので、どうぞっ!」
俺は後ろを見て絶句した。
この状況においては、ちゃんと説明をしてなかった俺も悪いのかもしれない。
認めよう。バカの称号を。
かくして我々バカ4人組は、合計で8人前近い量の食事をうっぷうっぷ言いながら詰め込むことになり、更に食事会で出てきた、屋台になかった高そうな食事(ローストビーフ等)をやけくそになって詰め込み、事の顛末を見ていた同級生上級生職員の拍手を受けながら、泡吹いて倒れた。
一度食べたものを意地でも吐かなかったそのガッツによる拍手らしい。
そんなことでそんな拍手喝采起こる?と思ったけどそこは食料生産を学ぶ学校としていろいろあるらしい。
場所は移って、寮である。
学校の寮は4階建て、学年毎にフロアが分かれており、前年の卒業生のフロアに1年が入るようになっている。
我々1年は3階だ。3年が4階、2年が2階。
1階は共通スペースとなっているが、主に食堂だ。
ちなみにこちらの食堂も上級生の手によるものらしい。
各フロアにも、階段を登ってすぐに広いオープンスペースがあり、そこを中心に男子寮女子寮とエリアが分かれている。
そして風呂は各フロアに二箇所、男湯と女湯がある。
だから男湯女湯入れ替えによる変なイベントは期待出来ないとかなんとか御手洗が嘆いていた。
まあそんなわけで1年フロアのオープンスペース。
大きめのテレビやら自販機やら、後は椅子とテーブルが何組か置かれた簡素なカフェスペースといった感じの一角で、なんとはなしに集まった我々4人なのであった。
「めっちゃウンコ出た。肛門ハジケ飛んだかと思った」
「女子として同意はしないけど理解は出来るよ」
バカがバカらしいバカ話に興じている。
「ごめんなさいごめんなさい私人の話も聞かずに先走って迷惑かけちゃって……」
「いいよー山城ちゃん。ちゃんと説明してなかった成田くんが悪いんだし」
「そうそう。山城は悪くない」
「……あぁ?」
なんだあ?てめえ……
「ご、ごめんなさい成田くん!」
「ああいや、山城はマジで悪くない、それに関しては悪いのは俺だけど……お前らマジでさあ」
山城を庇った途端にニヤニヤとこっちを見てくる二人に軽い殺意。
「いやはや青春ですなあ」
「なんともなんとも。お姉さん顔が熱くなっちまいそうでさぁ」
「冷やしてやろうか」
そう言い、飲んでる途中のコーラの缶を川見の頭の上に置いた。
「へいへいへいへい!ステイ!ステイ成田!私が悪かったです!ソーリー!!ごめんなさい!!うおお動けねえ!取って!ねえこれ取って!!」
頭を動かせなくなった川見が騒ぎ、御手洗が笑い、山城がオロオロしながら缶を回収し、俺に手渡してきた。
まだこの学校に入って1日だけど、なんとなくこんな光景が続く予感がして、悪くないな。なんて気持ちがした。