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入学式

「校歌斉唱」


雄大な緑の中に

荘厳に立つその門の

遥か彼方の幾千の

まだ見ぬ世界を救うため

我らが背負いしそのさだめ

ああ 我ら 異世界

異世界農工


つらい暮らしに流るる涙

どこかの誰かが僕を呼ぶ

あたたかな暮らしのために

誰もなかない世界のために

我らが背負いしそのさだめ

ああ 我ら 異世界

異世界農工


我らの全てをつたえるために

その身の全てに知識を込めて

世界を背負って立つために

あなたが笑顔になるために

我らが背負いしそのさだめ

ああ 我ら異世界

異世界農工


異世界農工高等学校


「……以上で入学式を終了します。在校生は3年生から順に教室に戻ってください。新入生は先生の指示に従って教室に向かってください。新入生保護者の皆様は、生徒が退場したあとに保護者説明会を始めますのでーーーー」


司会の声が終わるより前に、周りががやがやと騒ぎ始める。

なんだかその声にすこし開放感を覚え、一息つく。


「初見で校歌なんか歌えるわけないよなー。すっげー気まずかった」


自分の前に立つ生徒が振り返りながら話しかけてきた。

「同じクラスだよな。俺、御手洗(みたらい)翔真(しょうま)、よろしく」


高身長で猫目、短く切った髪は上に跳ねて……明るい茶髪なのは高校デビューだろうか。

しまった、せっかく自由な校風なんだから自分も髪を染めるくらいすればよかった。


成田(なりた)直哉(なおや)、よろしく」

「おう」


なんとなく握手してしまった。


「成田も寮住み?俺県外から来たからさー、全然詳しくねーの」

「ああ、うん。俺も寮。家は市内なんだけど、ちょっと遠くて」

「まじかー。今度街の方遊びに行こうぜ!」

「いいよ。案内する」


そうして挨拶しているうちに、自分たちの並ぶ列の前に先生が立ち、教室への案内を始めた。


「お、教室行くみたいだな」

「そうだな。行こうか」


周りの新入生が徐々に教室に移動を始めていたので、その流れに乗るように自分たちも移動を始める。


入学式を行った体育館から出ると、眩しいくらいの快晴。

風と共に桜の花びらが舞う様は、まさに春といった感じだ。

これから、この学校での3年間が始まる。


その門出を祝うかのような穏やかな天気であった。



教室棟は4階建て。1年生は皆4階の教室になる。

3階は2年、2階は3年で、1階が職員室や保健室などになる。

エレベーターなんてものはなく、新入生ほど階段を長く登らなければいけない。

毎日4階までの階段を登ると考えると、この先の一年が思いやられる。


「席は好きなところに座れー。席替えはしたければ好きにしていいけど、トラブルにならないようにしろよー」


担任の先生であろうか。


教壇の前に立つのは、気だるそうな男性。

年齢は20代後半から30代前半といった感じだろうか。

欲言えばラフ、悪く言えば身だしなみが雑な服装。


「はい、入学初日だしいろいろと説明せにゃならんからよく聞いとけよ〜。まずは入学おめでとう」


生徒との壁をあまり感じさせない口調で話し始める。

周りのクラスメイト達は、特に揉めることもなくなんとなく席を決めたようだ。

御手洗と自分は一番窓際の席の一番前とその後ろにした。


「君たちの担任になる吾郷(あごう)だ。担当教科は護身術。いちおう君たちのOBで元勇者だから、進路相談なんかがあったら言ってくるように。1年じゃまだそこまで考えないと思うけどな」


「おい、元勇者だってよ。異世高の教師が出戻り組って本当だったんだな」


後ろの席の御手洗が小声で話しかけてきた。


異世界農工高校。


異世界へのゲートがあるこの高校では、異世界に文明や技術を伝え、発展させることを目的としている。


異世界転生や異世界転移が、おとぎ話でなく現実に起こることと認識されてから数年。


行方不明になった人間が急に現れ、その間の話を聴取したり、持ち帰った物の調査を行って、異世界の存在と、そこへ地球の人間が拉致されていることが判明した。


事態を重く見た政府は、異世界から帰ってきた特殊な力をもった人々の協力のもと、異世界転移をある程度コントロールすることが可能になった。



星の数ほどある異世界の中で、助けてと声を上げる世界の数は数え切れない。


そして、助けを求めたそれらの国に拉致された国民も多い。


そうした拉致、神隠しを無くすためにそれらの世界を救うべく、異世界支援へと乗り出した日本政府は、ゲートを中心に支援拠点を作った。


そして、最初の派遣団として自衛隊を送り出すという案が出た。


しかし、そこで問題が起こる。

反自衛隊や反政権派による反対運動である。


要約すると我々の税金を日本国外に流出させるなという方便で大きな声を出したかっただけのそれは、異世界という世界初の要素が絡んだ結果、思いの外大きな問題になった。


そこから更に、異世界転移を公務員だけのものにしたくない市民団体の皆様なんかも声を上げ、日本政府が落とし所に迷走した結果生まれたのが、ここ、異世界農工高校。


反戦派の声を受け、異世界での暴力行為の否定として異世界の発展に目的を絞った。


そして、非納税者かつ「未来ある子供達が自分たちの手で選べる選択肢のひとつ」であることを示すために、高等学校になった。



なんだかいろいろとめちゃくちゃではあるが、それほどまでに反対派の主張がふわふわでめちゃくちゃだったのである。


日本政府が反対派の声に耳を貸すだけ無駄だと気付いた時。そのままその時の案が採用された結果が今である。



創立してからまだ数年しか経ってないこの高校は、3年の在学期間を経て、一定の成績をクリアし無事卒業となる際、希望者に異世界転移、または転生への斡旋がされる。


その間に、農業や工業の知識と経験を積み、その知識で異世界を支援することが使命だ。


異世界からの帰還を行ったものには、日本政府より報奨金とその後の就職の斡旋。


異世界からの帰還を断るものには、異世界での定住と日本国民としての税金の免除を許可する代わりに、その異世界での一定の地下資源等の採掘許可を日本に寄与することが条件になる。



話は戻るが、そういった異世界出戻り組、それが我々の担任になるようだ。


「先生〜。転移者じゃなくて勇者ってことは、先生は戦闘系だったってことですか〜?」


軽薄そう……と言ったら言い方が悪いが、簡単に言えばギャルっぽい女子がゆるい挙手と共に質問をする。


戦闘系……この国が、自らの意思で転移者を送り出す前。

悪く言えば異世界からの拉致が行われていた時代の話だ。

悪を倒す勇者として人間が送り込まれていた時代。


そんな人達は、日本に帰ってきたら、異世界とはいえ殺人を経験した者になる。


事情が事情ゆえに仕方ないとはいえ、万が一身の回りの人間に知られた時のことを考えると、以前と変わらぬ日常生活を送るのは少しリスクがある。


だから、異世界で勇者と呼ばれた人達の保護を、日本政府は積極的に行った。


そしてその経験があっても日常を遅れるような職業を、日本政府から斡旋されると聞く。

要人警護や戦闘指導などが主だ。


我々のような異世界での開拓支援を主とする世代は、転移者や賢者と呼ばれることが多いため、勇者を名乗った先生はきっと戦闘系転移者だったんだろう。と予想するのも当然。


だから、彼女の質問も納得ではある。


「……まあ、そうだな。そういうことになる。だけど詳しくは話せない。これは後々の君たちにも徹底的に教え込まれることになるが、異世界というのは読んで字の如く、こことは異なる世界だ、その情報ひとつひとつが、こちらやあちらの世界で大混乱を巻き起こす可能性がある。なので、異世界での経験なんかはほとんど話せない。クビになっちゃうからな。なので、そういう質問はなるべく避けるように」


「は〜い。すいませんでした〜」


質問主の彼女はあっけらかんとした様子だが、教室の雰囲気は少し張り詰めた。


そうだ、我々はここで、異世界を救う準備をする為に来たんだ。

恐らく、実際にその手で世界を救った人間が、担任として目の前にいる。


その事実に、皆思う所があるのだろう。


「はい、じゃあ自己紹介しようか。席順は今のままでいいな?自由ではあるけど毎日変えるみたいなのはやめてくれよ〜。窓側から自己紹介頼めるか?適当に名前くらいでいいから」


げ、窓際の一番前、自分だ。

仕方ない……

席を立って、教室の中央の方に向き直る。


成田(なりた)直哉(なおや)、転生者志望です。よろしく」


……何か言うべきなんだろうか。言いたいことも特にないな。

一礼して着席した。


御手洗(みたらい)翔真(しょうま)!中学ではバスケやってました!転移者志望でーっす」


すかさず、後ろの席の御手洗が起立し、挨拶する。

なんだよ、自分のあとに明るく挨拶されるとちょっと焦るじゃないか。

だけど、二人連続で短い自己紹介だったことで、他の人間からしたらハードルが下がったらしく、テンポよく自己紹介が進んでいった。


「ちわ〜。川見(かわみ)理恵(りえ)でーす。転移か転生ね〜。これから決めます。よろしっくぅ〜」


先程先生に質問を投げかけた女子が、周りにむかって両手で小さく手を振りながら緩めの自己紹介をした。


赤めの茶髪のショートボブは、ゆるくウェーブがかかっている。

制服の着こなしとか自由とは聞いていたが、初日からブレザーの代わりにパーカーというのは、ちょっと自由が過ぎないか?


「お、成田。あれ新入生代表じゃね?」

「あ?あー……確かに」


川見のあとに起立した女子。

チャラそうな川見とは正反対。


入学式で新入生代表として挨拶していたのを見た。

制服をきっちりと着こなし、伸ばした背筋に沿うように流れる黒髪は乱れず真っ直ぐと伸びていて、見た目から真面目そうな雰囲気が伝わっている。


山城(やましろ)香織(かおり)、転生志望です。よろしくお願いします」


静かに一礼して着席。

前の席に座る川見が、なにやら話しかけているようだが、どうやら無反応だ。


「新入生代表って入試の最高点とか?」

「どうなんだろうな。推薦とか、どの中学から来たかで変わりそうじゃね?」

後ろの席の御手洗に聞いてみたけど、はっきりとした答えは出なかった。


「つーか成田よ、この学校顔採用って噂もあるぜ。異世界の人間に気に入られやすいようにって」


「噂だろ?冴えない人間が異世界行くって話、山程あるぜ」

「確かに。でもそれにしたってうちのクラス、結構レベル高いよな」

「褒めてくれてありがとう」

「馬ッ鹿、女子の話だよ」

「さいですか」


言われてクラスメイトの顔を見回すが……まあ御手洗の言うこともわからなくはない。


「転生組はどうせ生まれ変わるんだし、顔採用しても意味ないんじゃないか?」

「それもそうか。偶然顔面レベル高いだけ?ツイてるな、俺」

見た目の通りと言ってはなんだが、意外と俗っぽいな、コイツ。

「どのみち異世界行くんだとしたら彼女とか作れねーだろ」

「あ゛」



特に派手な出来事なく自己紹介が終わった。


「じゃ、改めまして……君たちの担任の吾郷(あごう)だ。先に言っておくが、この学校にクラス変えはない。君たちは3年間この面子で過ごしてもらうことになる。なのでクラス内でいじめ、喧嘩とかトラブルとかはないように。ちなみにそういうときはだいた加害者側が退学処分になるから気をつけろよ。ま、異世界を救う人間は痛みを知らない加害者より被害者の方が向いてるって話だ。仲良くやれよ〜」


入学初日の新入生にあっけらかんと退学とか言う担任に引きつつも、これからの3年を同じクラスで過ごすと聞いて、ほぼ全員がクラスメイトの顔を見回した。


いずれ異世界に行くんだ、ここでの人間関係を、わざわざ面倒なものにする必要はないだろう。


「今日は入学式だからな。授業はしない。だけど明日からは普通に授業が始まるから覚悟しとけ〜。今日一日は学校案内で委員会の在校生が各教室にいるから、自由に見て回ってだいたいの場所を覚えておくように。農業実習で使う山や畑は広いから今は近づくなよ。遭難したらちょっとした異世界並に別世界だからな。工業科の専門教室も危険物とかあるから変なもの触らないように」


この異世高は、農工高校だ。

異世界での農業や工業を支援し、発展させるための技術と知識を学ぶ。


なので、敷地内には農地や放牧地、機械設備や工業設備があり、敷地内だけでインフラが成立しているくらいだ。

最終的には、それらすべてを異世界でゼロから作り上げることが目標になる。


超人と呼ぶほかないように思えるが、基礎の知識や原理を現地に伝えるだけでも、その後の発展に大きな影響があるらしい。

だから、完璧に習得するまではいかずとも、正しい知識を広く学ぶことが要求される。


「昼食はグラウンドで、在校生が校内で採った食材で作ったビュッフェだ。身内自慢じゃないけど美味いぞ。期待しておけ。来年はお前らが振る舞う側になるから、味を盗むくらいのつもりで食べるように。美味しい食事を作れるかどうかは異世界で暮らすうえで、チート能力並の強力な技術だ」


『新入生以外は全て校内で用意する』なんて言われたりしているが、どうやらほぼ事実らしい。


入学前に学校から制服が送られて来た時、私達が作りました!と、自分たちと入れ違いの卒業生たちの写真が入っていたので、この制服も校内で作られたものだ。


「明日以降は学食か弁当で済ますように。ちなみに学食は無料だ。自宅から通いのやつは自分で作った弁当だけ持ち込んでいいぞ。学食は2年と3年が交代で調理を担当するから。お前らも来年は厨房に立つことになる。なので1年の間で全員先輩達と同じくらい料理出来るようになってもらうぞ」


異世界だろうと腹は減る。

衣食住の中で、無ければ確実に命を落とす食を最初に学ぶのは、必然のことなのかもしれない。


とはいえ、学食を学生で運営するというのは正直意外だった。

来年から厨房に立つ必要があるなら、昼食は学食で済まして先輩の動きを見ておくのがいいのかもしれないな。


「じゃあこれで解散するから、私語しといていいぞ。君らの保護者が体育館で君たちの異世界在住者保険と異世界年金の手続きしてるから、それが終わったらここで保護者と合流するように。その後は第一講堂で教科書と作業服を配ってるから、受け取って教室か寮に持って行っとけ。寮の部屋割りは二人一組。部屋は後からの入れ替えも含めて自由に決めれるから、まあ、うまいことやってくれ。詳しいことは寮長か先輩に聞け。それじゃあ後は自由。昼食には送れず合流するように」


先生が、言わなきゃいけないことは全部言ったっけ?と思い出す感じに小首を傾げたあと、何も言わず教室を出ていった。


「寮の部屋も自由かー。成田、知り合いとかいる?」


「いや、同じ中学のやつはいたかもしれないけど知り合いじゃないからな。部屋替えも自由らしいし、とりあえず同じ部屋にしておくか?」


まあ、まだ御手洗の人となりを完全に把握したわけではないけど、せっかく友好的に話しかけてくれたんだ、悪いやつではないだろう。


「助かる!いや〜俺も知り合いいないからさ、せめてクラスと寮にくらい友達欲しいじゃん?」

「卒業したら別々の異世界だろうけどな」

「そこはほら、ここでの良い思い出が異世界での糧となる!とかさ」

「何恥ずかしいこと言ってんだ……」


親指を立てながら言われた。

見た目で思ってたけど結構チャラいな、こいつ。

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