ささみが降った日
ある日、世界はあっという間に変わってしまって。
そして。
雨の代わりにささみが降るようになった。
―――
きっかけは、なんかの報道番組だったらしい。ニワトリから人体に多大な悪影響を与える菌が見つかったとか何とかで。そのよく分かんないニュースをきっかけに、世界は大げさに騒いで、お肉売り場からは鶏肉がなくなった。らしい。
「結局、どうだったんだろうね?」
「その頃は、僕ももも子も、生まれたばかりだったしね?」
幼馴染の片桐とは、今日もニワトリの話で盛り上がる。二人で白と赤のランドセルをそれぞれ背負って、いつもの公園でブランコを漕ぎながら談笑することが、放課後の日課である。
授業の話とか、ゲームの話とか。何でもない話題が多いけれど、彼と話すことは楽しい。そして、いつも決まって話すことがある。
「ささみ、今日は降るのかな」
「ささみ、美味しいのかな」
―――
私達は、ニワトリを知らない。
そして、鶏肉の味を知らない。
世界が、ニワトリも鶏肉も、消してしまったからだ。
けれど。
「世界は代わりに、ささみを降らせている。雨の代わりに」
「おかげで世界は干ばつに見舞われているんだっけ。僕達にはよく分からないけど」
「ね? その世界しか知らない私達には、当たり前だしね?」
「ねー」
ささみについては、授業で習った。
ニワトリの胸のあたりに、2つの笹の葉みたいな形をしてくっついている部位、らしい。実物を見たことがないから、よく分かんないけど。
「でも、ささみ、ここ8年くらい降ってきていないんでしょ?」
「8年も降らなかったら、降るのが雨だとしても干ばつしそうだよねー」
「そうだよねー!」
あはは、と二人で笑いながらブランコを勢いよく漕ぐ。
「でもさー、そろそろ降ってきても良くない?」
「そうだよね。じゃないと僕も困るし」
「片桐……その話題はやだ」
「でも、事実なのは変わらないし……もも子、急に泣きそうな顔しないでよ」
「一緒にささみを食べる約束をしている同志が、もうすぐ遠くに行っちゃうのは嫌だよ」
好奇心が生きがいな私達は、いつかささみ肉が降ってきたら、一緒に食べる約束をしていた。
だが、それが叶わなくなりそうなのだ。
片桐のお父さんは、もともとは雨の研究をしていたが、今はささみの研究をしている。
そして、どうやらこの間、ささみレーダーが反応を示したらしく、その地域へ家族総出で長期調査へ行くという。
「出発はいつだっけ?」
「明後日!」
「ABCスープと冷凍ミカンの日じゃん!!」
「残念すぎる~!」
片桐がブランコをもうひと漕ぎ。とさか色のランドセルが、視界で鮮やかに映える。つられて私も、羽毛色のランドセルと一緒にブランコを思いっきり揺らしていく。
「思うんだけど!」
「何ー?」
「なんで、ささみが降るようになったのかなって!」
ささみ肉の話は今までずっとしてきたけど、その話題はしたことがなかった。
「もも子、その話題はなしっていつも言ってなかったっけ?」
片桐からも、予想通りの返答がある。
「片桐、どっか行っちゃうから! 明日は荷造りがあるだろうし、話せるのは今かなって!」
「……じゃあ、聞きたい! もも子、なんで?」
なんとなく、寂しさを滲ませた声色の片桐だが、口調は明るい。ならば私も……つとめて明るく、いこうじゃないか。
私達はブランコを漕ぐのを自然とやめて、互いに顔を見合わせる。
「きっとね、ニワトリの神様が怒ったんだ! 勝手にあることないこと言われて、自分の種族を滅ぼそうとした人間に!」
自分でも、これ以上ないほどに口角が上がっているのを感じた。片桐も、つられたように笑みを深める。
「ありそー! もも子の頭がいいのに発想がかわいいところ、本当良いよね!」
「失礼なやつー! でも合ってる!」
「はは! 頭がいいのは否定しないのかよ!」
「だって分かるもん! ニワトリに罪はないし、ささみ肉はきっとすごく美味しいよ!」
その瞬間。
ぺち。
「「わ」」
何かが私の頭の上に乗っかった。
それは片桐も同じだったようで。
「もも子、僕の頭の上に何かついてない?」
「それ、私も言おうと思ってた」
お互いに、視線を相手の目よりも上にずらすと……。
そこには、艶々とした生肉があった。
「白っぽい肌色」
「笹の葉のような形」
「脂身少な目」
「これはまさに」
「「ささみだーー!!」」
―――
公園という名の秘密基地に、長らく隠していたカセットコンロに火をつけて、塩コショウを振ったささみをじっくりと炙っていく。
そして焼き上がった肉に、二人で一緒にかぶりつく。
「「……美味しい~~~!!!!」」
その頃ニュースでは、10年前に鶏肉の菌について提唱したよく知らないおじさんとおばさんが、泣きながら土下座をしている映像が流れていたんだって。
終わり
私はささみを含め、鶏肉が大好きです。