時計が司る 私の絶対時間
――みんなで、日の出を見に行こう。
中学時代の友人と、そう約束した。ただし、集合時間は、3時・・・。
うーん。午前3時かぁ。
寝過ごすわけにはいかないっ。目覚まし時計は、2時にセットした。
だけれども、その時間って、両親は、寝てるのよね。起こしたくないっ。
出来たら、目覚ましより先に起きたいって思う。私って、いい子だな。
そして、私の目が覚めたのは、1時58分。目覚ましより前に起きて、両親を起こさない。そんな固い意思がそうさせたと言えば、カッコいいけれど、実は、トイレに行きたくなっただけ。
寒いので、お布団の中から出るのが、ちょっとツラいけれど、それでも勢いをつけてベッドから飛び降りる。
――痛っ
何ということだろう。ベッドから飛び降りた瞬間、タンスの角に、右足の小指を打ち付けてしまった。
涙が出そうな痛みをこらえる。トイレに行きたいっ。痛いっ。
その瞬間である。
――カチリッ
時計の針が動く音が聞こえる。
私は、ゾーンに入った気がした。
何もかもを感じ取ることが出来るエンペラータイム…絶対時間っ。ゾーンだ。
ゾーンに入ると、集中力が非常に高まり、周りの景色や音などが意識の外に排除される。自分の感覚だけが研ぎ澄まされ、活動に没頭できる特殊な意識状態。例えば、テニスの大坂なおみ選手であれば、ゾーンに入った時、相手から打ち出される200キロを超えるスピードのボールであっても、印字されたメーカーの文字を読みとることが出来るという。
ゾーンに入った私は、小さな物音さえ逃しはしない。
チクタクとなる秒針の音。その音が、2時にセットされた目覚ましの時間が、近づいてきているのを感じさせる。
――急げっ。ジリリンという音が鳴る前に。
目覚まし時計の音で、両親を起こすわけにはいかない。
足の小指の痛みを押し殺し、目覚ましへと手を伸ばす。二度寝防止機能があるため、すぐには解除できない。時計の裏のつまみを回す必要があるのだ。
やっとのことで右手が目覚ましを掴んだ。裏返しつまみを回すっ!止まった…1時59分59秒。もう、目覚ましが鳴ることは無い。私は、ホッと安堵した。
その時である。
絶対時間が解けたことを、私は理解してしまった。目覚ましのつまみは、私が入っていたゾーンをも、解除したのだ。
ふとももの辺りに、生温かさを感じる。
――そうだ。私の絶対時間は解けてしまったのだ。
そして、大切な何かは決壊し、足元でチョロチョロという音が床に響いた。
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こちらは『第3回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞』用、超短編小説です。