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99 植物の力

「──カさん、大変です、起きてください!ルカさん!」


 アランの声が寝不足のルカを容赦なく叩き起こす。重いまぶたを半分だけ持ち上げて見ると、部屋はまだ薄暗い。寝室の窓は東向きなので、夜が明けたら朝日が射し込んでくるはずだ。まだ夜明け前だというのに、何があったというのか。

 昨夜は夜中過ぎまで残業し、家に辿り着いてからは辛うじてシャワーだけ浴びてベッドに倒れた。まだ寝ていたい。眠い。


「……もう少し……」

「ルカさん!お願いですから起きてください!ベランダが大変なことに!」

「……ベランダ?」


 眠い目を擦りながら起き上がると、アランが腰高窓をカラカラと開けて外を指差した。一面の緑が起き抜けの目にも優しい。緑色?寝室のカーテンは無地の濃紺だ、何故窓が緑色?


「嘘っ、これあの大豆?大きさが可怪しい!」


 緑色の正体は、植木鉢に植えてベランダに置いていた聖なる大豆だった。まだ種まきして数日なのに育ち過ぎだ。昨日の朝水やりした時には芽も出ていなかったのに、今はベランダいっぱい縦にも横にも伸びて、ヒサシを突き破ろうとしている。田舎で育てていた大豆の木は育っても1m位の高さだったのに、これはまるで。


「ジャックと豆の木か!」

「ジャックが如何かしましたか?」

「あ、いえ、あのジャックさんとは関係ないです。そういうお話が故郷にあって」

「そうですか。それよりルカさん、これ早く何とかしないとベランダが崩壊しますよ?」

「そうだった、ど、如何しましょう!?」


 一先ずアランの提案で、大豆の木はルカのアイテムボックスに収納する事になった。ベランダに張った根や、物干し竿に巻き付いた枝葉をアランが聖剣で伐採し、本体部分をルカがアイテムボックスに突っ込む。女子寮がベランダまで石造りの頑丈な構造で良かった。寝ている間に建物崩壊とかにならなくて、本当に良かった。


「アラン先生、ありがとうございます。これ気付かず出勤してたら大変な事になってました」

「いえ、私も昨夜は全く気付けなくて。朝なのに薄暗いなと思ってカーテンを開けたらあの状態で、驚いてしまいました」


 部屋が暗かったのは大豆の木が生い茂っていたからだった。今は目の高さまで昇った太陽が、眩しく部屋に射し込んでいる。そしてその明るい陽光が、ベランダの悲惨な状態をハッキリと照らし出していた。

 聖なる大豆を植えた陶器の植木鉢は割れて土が溢れ、物干し竿はベキベキに折れ曲がり、ベランダの床には斬られた根っこの残骸が蔓延っている。石を穿つ植物の力は、この世界でも強力だった。これ、また芽が出てきたりしないよね……。


「アラン先生、昨日の石化魔法、ベランダに掛けてもらう事って出来ますか?」

「元々石造りの物を石にするのですか?」

「ベランダに、というよりも、ベランダに残った大豆の根っこや枝葉を石にして欲しいんです」

「ああ、なるほど。確かにこのままだと怖いですよね。念入りにやりましょう」


 アランがベランダで石化魔法を掛けているうちに、ルカは台所に置いていた、他の大豆を確かめに行った。ポーション系の薬液に漬けていた炒り豆達だ。小さな瓶に漬け込んだ大豆達に変化は無かったが、これも何時何が起こるか分かったもんじゃない。纏めてアイテムボックス行きだ。


「ルカさん、終わりましたよ。あー、それ等も危険物ですねぇ」

「はい……これ、ギルマスに報告しなきゃ駄目ですかね……」


 昨夜の天草蘭丸の件で多忙を極めているだろう冒険者ギルドマスターに、更にこの件を報告するのは胃が痛い。数日とはいえ内緒にしていたのも怒られそうだ。せめてソウマ達が戻って来てから皆で怒られたいが、そうすると益々怒られる理由が増える。それに女子寮の安全も、きちんと確認してもらわないと、他の寮住まいの同僚達に迷惑が掛かったらいけないし。迷惑どころか怪我でもさせたら、後悔し切れない。

 

「うん、直ぐに報告しなかった私が悪い。潔く怒られよう」

「ルカさん、私も同罪です。一緒に怒られましょう」

「心強いです!」


 そうと決まれば、なるべく早く冒険者ギルドに行かなければ。ルカは今日の午前の仕事は免除されているから、出勤時間まではまだ余裕があるが、朝食を食べたら直ぐ報告に向かうことになった。


 朝食のメニューは作り置きしていたおにぎりと玉子焼き、中華スープだ。いつもは朝はあまり食べないルカだが、今日は気合を入れて怒られるために、しっかり食事を取った。

 おにぎりの具は昆布の佃煮。甘い玉子焼きと交互に口に運ぶ。甘いのとしょっぱいので無限ループに嵌りそうだ。際限無く食べられるこの食べ方は、体重増加に直結しているので危険極まりない。おにぎりと玉子焼きなんて日本人ならほっこりする組み合わせなのに、とんだ落とし穴が潜んでいたものだ。


「いかんいかん、食べ過ぎる」

「そうですか?ルカさんは少食ですから、もっと食べた方が良いと思いますが」


 しかもアランが甘やかした事を言ってくる。甘言も甘味と同じで体重増加に拍車をかけるのだ。


「いえもうお腹いっぱいです、身支度してきますから、アラン先生はゆっくり食べててください」


 ルカはもう一口の誘惑を振り切って、洗面所に向かう。食べ終わったら歯磨きしてしまうのが1番だ。そうダイエットの本にも書いてあったような気がする。

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