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98 差し入れにレモン鍋

「なあルカ、こっちには何か無いのか?」


 トラビスと神官達を見送ったルカに、副ギルドマスターが声を掛けてきた。ギルドマスターが天草蘭丸に付いているので、その他の業務のために呼び出されたという彼。忙しそうに走り回っていて、今もトラビス達と入れ違いに会議室に入ってきたばかりだ。

 副ギルドマスターの視線は神官達が抱えた甘味に釘付けだった。自分達にも寄越せとの催促だと分かったが、ストックしていた甘味はほぼ渡してしまった。残りはルカが作った団子やおからクッキーだが、これ等をバラ撒く許可はアランが出しそうにない。


「ええと……甘い物はさっきので無くなってしまったので、ご飯系でも良いですか?」

「もちろん。むしろ夜勤の男どもにはその方が良い」

「全員に渡るようにですか……」

「一部にだけ差し入れしたら、暴動が起きるぞ?」


 差し入れって、催促されてする物じゃないと思うんですけどね。内心ちょっと納得がいかないが、何があったかなとアイテムボックスを探るルカ。夜勤の職員全員に行き渡るくらいの量があって、出来ればルカが作ったもの以外となると限られる。1つだけ条件に合う物を見つけたが、これはどちらかと言うと女性向けの料理だ。


「あの、レモン鍋でも良いですか?」

「レモン、鍋?」

「これなんですけど」


 ルカは、一面輪切りレモンが敷き詰められた鍋を取り出して、長机にデンと置いた。予想通り副ギルドマスターは微妙な顔をしているが、ルカにはこの鍋の最強の売り文句があった。


「マリナが作ってくれた、マリナの故郷の鍋です」

「何っ!?聖女マリナの手作りなのか!」


 やっぱり食い付いた。副ギルドマスターもマリナ教の信者だと思った。マリナが来ると、やたらとカウンターに出て盗み見てたし。本人は隠してるつもりのようなので、深くは突っ込まないけどね。

 ルカはこっそりほくそ笑みながら、レモン鍋の入った鍋を更に2つ長机に並べた。合計3つの大鍋だ、これだけあれば全員に行き渡るだろう。鍋物なら1人分の量も調節出来るし。


「他の鍋物もありますけど、種類が違うと争いの元になりますよね。それにマリナが作ってくれたのは、これだけなんですけど。別のに変えますか?」

「駄目だ!これが良い、これにしろ!」

「はーい。食器は各自で準備して、片付けてくださいね。あと、この鍋はマリナの私物ですから。洗って返してください」

「マリナ様に直接返却すれば良いんだな、任せろ!」


 そういう意味では無かったが、まあ良いか。マリナに直接返すとなれば、隅々まで鍋を磨き上げて、責任持って返してくれるだろう。


 副ギルドマスターが指示を出すまでもなく、近くにいた職員が取り皿とスプーンを持って来た。この人もマリナ教の信者のようで、取り分ける前にレモン鍋を拝んでいる。副ギルドマスターは職権を乱用し、自分が1番に味見するのだと、集まって来た職員達を牽制していた。山盛りにしてるけど、その量で皆に配ると足りなくなるのでは?喧嘩にならないよう上手く分けて欲しい。


「うん、酸っぱい!だが美味い!」


 そりゃあ輪切りレモンを何枚も口に入れたら、酸っぱいに決まってる。この世界のレモンは完全無農薬栽培なので、皮まで食べても安心だ。

 レモン鍋は和風出汁と塩だけの味付けにしてある。そこにレモンの酸味が加わって、さっぱり食べられる。この時間でも胃に優しいが、あくまでもこれは夜食だ。ガッツリ食べるだけの分量も無いし、足りなくなっても追加で準備したりはしませんからね。


 豚肉と白菜を口いっぱいに頬張り、幸せそうな副ギルドマスター。最高に機嫌が良さそうなので、ちょっと面倒な事になりそうな案件を言うなら今だとルカは判断した。


「あの、実はライブ映像を販売する件なのですが」


 ルカは、天草蘭丸のライブを撮影していた映像記録魔導具が、暴徒と化した女性達に壊された件を報告した。既に販売についての告知をしてしまったので、明日──いや今日の朝イチから問い合わせがありそうな事も。


「ふむ、だが自分達のせいで映像が駄目になったのだから、販売中止になっても文句は言えないだろう」

「そうですけど。見方によっては、彼女達は魅了魔法の被害者ですから。そこを盾にされて、ライブ運営の安全配慮義務を怠ったとか言われると」

「こちらの責任にされるか。分かった、その辺含めてギルマスと相談しとく」

「お願いします」


 難しい顔になった副ギルドマスターに、アランが口添えしてくれる。


「ルカさんに文句を言ったり迷惑を掛けそうな人には、映像記録魔導具を弁償しろと伝えてください。ちなみに壊された魔導具を新しく買うとですね」


 提示された金額は、王都に屋敷が買えそうな額だった。これはライブを見に来た全員で折半しても、かなりの高額になる。高価だとは知っていたがこれ程とは思わず、簡単に貸してくれなんて頼んで、その上壊されてしまった。青褪めたルカに、アランが慌ててフォローを入れる。


「ルカさんは悪くありません、それに私の物はルカさんの物も同然ですから!」


 そんなジャ○アニズムな考え方は、ルカには出来ない。


「あの、本当にごめんなさい。私も弁償しますので」

「必要ありません、結婚すれば夫婦の共有財産です」

「まあまあ、それはまた2人で話し合って。ルカ、今夜はもう帰って休め、それで明日は午前休みにして、今日の残業分と相殺で良いか?」

「はい、ありがとうございます」

「アラン殿も明日改めて、来て頂けますか?事情聴取がありますので」

「分かりました。ルカさんと一緒に聴取を受けられるようにお願いします」


 やっと帰れる。ルカはレモン鍋を貪る夜勤の職員達に見送られ、会議室を出た所で大きな欠伸をした。

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