97 後始末
真っ先に駆け付けてきた神官トラビスは、タレ目に困り眉の、見るからに人の良さそうな男性だった。石像になった女性達を見て天を仰ぎ、両腕を胸で交差して神に祈る。敬虔な信徒らしい。
魅了魔法がまだ効いている可能性を考慮して、石化の解除は1人ずつ行われることになった。トラビスが連れて来た神官達が、まず1人目の石化魔法を解除する。魅了効果が残っていたので、トラビスが魅了魔法を解除。それが延々と繰り返される。
石化や魅了は呪いの一種に分類されるそうで、高位の神官にしか解除が出来ないらしい。特に魅了魔法は精神に影響する魔法なので厄介で、解除出来る人は少ないという。王都の神殿ではトラビスしか魅了の解除が出来ないし、世界を見回しても対応出来る人は数えるほどだとか。それだけ強力な呪いだと見做されるので、国によっては魅了魔法を人に使うと、問答無用で死罪になる事もあるそうだ。
ルカはそれを聞き、天草蘭丸の未来があまり楽しいものではなくなりそうだと察した。その天草蘭丸は、女性達とは別の部屋に運ばれている。彼の石化解除は、諸々の検査や調査を終えてからになるらしい。『光の片翼』の人達が来てくれているから、辛うじて人権は護られると思いたい。
「ルカ、処置が終わった人達の名前と住所、確認して控えといてくれ」
「あ、はい!」
副ギルドマスターに指示されて、ルカは女性達の元に向かう。魅了から解放された女性達はまだぼんやりしていたが、ルカに素直に従ってくれた。中には天草蘭丸の記録映像は如何なるのかと聞いてくる猛者もいたが、概ね穏やかに、被害女性達のリストが作成出来た。
リストに記載された女性達は順次帰され、いっぱいだった会議室から人が減ってゆく。最後の1人が頭を下げながら会議室から出てゆくと、ドッと疲労が押し寄せた。
「お疲れ様です、ルカさん」
一緒に残ってくれていたアランが、湯気の立つカップを手渡してくれる。蜂蜜入りのジンジャーティーだった。両手でカップを包んで一口啜ると、喉から胃に温かさが落ちてゆく。体がポカポカするのはジンジャーティーを飲んだからで、背中に張り付いたアランの温もりのせいではない。断じて違う。
「アラン、彼女が困ってるよ?」
苦笑しながらトラビスが近付いてきて、ルカの前で一礼した。彼が駆け付けてきた時に紹介はされたが、ゆっくり会話をする暇は無かった。ルカも深々と頭を下げようとしたのだが、アランに後ろから抱えられているせいで、頷く程度にしか頭部が動かなかった。
「アラン先生、離してください。トラビス様、こんな格好で申し訳ありません」
「気にしないで。アランのこんな面白い姿を見られて、僕はとても楽しいので」
「トラビスはイイ性格をしているので、気にする必要は無いですよ」
アランの言い方に、含みがある気がする。でもトラビスはどう見ても善良で清貧な神官様といった風情なので、ルカはアランの言葉に従って、気にしない事にした。
アランが水筒をトラビスに放る。キャッチした水筒から注いだ飲み物をごくごくと一気に飲んで、トラビスがほう、と一息ついた。
「ありがとう。夕餉を食べ損ねてしまって、お腹が空いていたんだ」
「でしたら何か召し上がりますか?」
ルカはアイテムボックスからおにぎりやサンドイッチ等、その場で食べられる物を出してトラビスに渡す。他の神官達にも渡そうとすると、アランが先にサンドイッチを大量に押し付けて、手が塞がっていた。そしてルカがトラビスに渡した食べ物を、アランがサッと横取りする。
「……アラン先生」
「あはは、良いんだよ。僕らはアランに貰ったのを食べるから。君達もお腹が空いてるだろう?」
既に真夜中を過ぎている。今食べると確実に身になるなと思ったが、アランがおにぎりを口元に運んでくるので諦めて噛った。それを見てトラビスがニコニコと笑う。神官達も微笑ましそうに眺めてくる。恥ずかしくて赤くなったルカの顔面を、アランが手の平で隠した。
「見ないでください、減ります」
「何も減りませんよ!」
「いいえ、私の忍耐力が減ります。抑制力も」
「何を抑えてるんですか」
「君達聞いていた以上に仲良しだね。アラン、結婚届出書は何時でも受け付けるから。妊娠出産と順番が逆にならないように、早めに出すんだよ?」
「そんな気遣いは要りませんから!」
「大丈夫、未成年の結婚も意外とあるから恥ずかしくないよ?」
確かにこの人はイイ性格をしている。神官って、もっとこう、真面目な感じの人を想像していたのに。見た目は想像通りなのに、中身が軽い。軽薄さは感じないし人は良さそうだが、口が軽い。今もアランと軽口を叩き合っている。
「ルカちゃんは魅了の影響は無さそうだね。その指輪の力かな」
「私の愛の力です」
「アラン、神官は妻帯出来ないから。皆を威嚇するのは止めてやって。僕らはまだ仕事が残ってるから」
天草蘭丸の石化を解除して、聴取に付き合ってから、魅了魔法を封じることになるだろうとトラビスは言った。場合によっては魅了魔法だけでなく、天草蘭丸の魔力を全て封じる措置が取られるかもしれないとも。そうなると、冒険者としてパーティを組み、『戦いの歌』や『精霊の子守唄』で支援するような冒険者活動は出来なくなる。そもそも冒険者としての自由な活動が禁止されそうな気もするが。
「魅了使いの彼は、ルカちゃんと同郷なんだってね。何か伝言とか、希望とかがある?」
「ええと、出来るだけ穏便に事が運ぶと嬉しいです。それと、これを皆さんで召し上がってください。天草蘭丸や、王宮から来た人や、その場に居る全員で」
ルカはアイテムボックスにストックしていた甘味を、ありったけ取り出した。聴取も審議もこれからだ、皆さん疲れているだろうし、お腹も空くだろう。疲労も空腹も人をイライラさせる、そんな状態では裁定が厳しくなるだろうから、少しでも緩和して天草蘭丸に温情を。そんな思惑からの賄賂だ。
「ルカさん、これらは」
「大丈夫です、全部ソウマが作ってくれた物です。トラビス様、後はよろしくお願いします」
「うん、任されたよ」
トラビスは、ルカの事なかれ主義を理解し、受け入れてくれたようだ。力強く請け合ってくれ、甘味を抱えた神官達を従えて、会議室を後にした。




