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96 魅了魔法

 アランの石化魔法で固まった女性達は、冒険者ギルド職員によって引き離され、ギルドの会議室へと運ばれた。石になっている為にひとり一人がかなりの重量になり、夜勤の職員だけでは手が足りず、急遽その場に居合わせた冒険者達の手を借りることになった。石像の欠損は女性達の怪我と同義なので、慎重に丁寧に運ばれてゆく。なかなかの大仕事だ。


 アランにも手伝って欲しいと要請があったのたが、彼はすげなくお断りしていた。


「私にルカさん以外の女性を運べと?緊急事態でもないのに?その間ルカさんを放っておいて?」


 というのがアランの言い分である。疲れた顔をしたギルドマスターに、アランはルカを抱えたままで更に頭が痛くなる事実を告げた。天草蘭丸が魅了魔法を使った疑惑についてである。


「これだけの人数に、一度にか?」

「はい。女性達の様子からして、ほぼ間違い無いと思います」

「だとすると神殿と王宮に知らせて……魔術研究所にも協力を仰がんといかんか」

「先に『光の片翼』に来てもらいましょう。天草蘭丸の保護が必要です。あとは神殿が優先でしょうね、石化を解除しても魅了効果が続いている可能性もありますし、トラビスを呼びましょう。私の名前を出してもらって構いませんので」


 ギルドマスターはげんなりした顔で、関係各所に連絡と協力要請のための指示を始めた。アランも神殿にいるかつての仲間、トラビス神官に手紙を書くからと、ルカをやっと解放した。

 ルカは特に出来る事が無い。ひとまず倒れた椅子を直していると、茫然としていた食事処の男性従業員達も動き始めた。暴れ回った女性達のせいで、食事処は滅茶苦茶だ。割れた皿や料理が床に散乱していた。


「あの……さっき、魅了魔法が如何とかって聞こえたんだけど」


 男性従業員が小声で尋ねてきた。ルカが返事をする前に、アランの声が割って入る。


「まだ断定は出来ません。ただ、その可能性があるので皆さん帰らないでくださいね」


 書き終えた手紙をギルドマスターに渡し、アランがルカの元に戻ってくる。2人並んで片付けを手伝いながら、ルカはアランから魅了魔法について教えてもらった。何となく、ふんわりとした知識しか持ち合わせていないので、これからの流れが掴めなかったのだ。


「魅了魔法は戦闘中に魔物を惑わすための魔法です。ですから基本、人間やエルフ、ドワーフなどには効きません。ですが極稀に、人に対して有効な魅了魔法の使い手が現れます。その殆どが異世界からの転移者です」


 転移者特典のチートなんですね、分かります。聞きながらルカが割れたコップの欠片を拾おうとすると、アランに手を掴まれた。


「危ないですよ。で、50年ほど前にこちらに来た転移者がですね、魅了魔法を使ってやりたい放題したらしくて。好みの女性を何人も侍らせて、ハーレムとやらを作ったらしいのです。その中に、ある国の王女まで居たから大問題になりまして。王女には他国に婚約者が居たので、その国と戦争になりかけました。その事件の反省から、魅了魔法を人に対して使うのは違法とされたのです」


 うわあ、なんてはた迷惑な。ルカは日本で読んだライトノベルを数冊思い出した。召喚勇者とか転生ヒロインとかが、ハーレム逆ハーレムを作って幸せになる話だ。あれを現実でやったのか。物語だからご都合主義がまかり通るのに、現実で上手くいくわけ無いじゃないか。


「ハーレム作った転移者は、如何なったんですか?」

「処刑されました。当時は魅了魔法を防ぐ魔導具も無かったですからね、そんな危険な人物を生かしておくなんて出来ません」

「今は?天草蘭丸は如何なりますか?」

「死刑にはならないと思いますが、『光の片翼』と王宮の交渉次第です。少なくとも魔法は封じられ、専門機関の監視下に置かれるでしょうね」

「そうですか……」

 

 もしかしたら、もう二度と彼が人前で歌うことは無いのかもしれない。天草蘭丸の歌は、ちょっとしか聞けなかったが素晴らしかった。彼と直接関わりたいとは思えないルカでさえ、彼の歌はまた聞きたいと思うほどだ。


「ルカさん、天草蘭丸の行く末が気になりますか?」

「そうですね。あの歌が聞けなくなると、マリナが悲しむでしょうし」

「マリナさんの為なんですね?それだけですね?」

「そうですけど。アラン先生、私が魅了魔法に掛かっているかの確認ですか?」

「それもありますが……ルカさん、実は私、音痴なのです」


 弱弱しく自分の弱点を告白したアラン。何でも出来ると思っていたアランに苦手分野があったのは驚きだが、それが如何かしたのだろうか。


「ルカさん、さっき彼の歌声に聞き惚れていたでしょう?」

「はい、びっくりするくらい上手でしたから」

「歌の上手い男がお好きですか?」


 ああ、そういう事。ここまで言われないと気付けない、己の鈍さに辟易する。そしてアランの鈍さにも。

 

「私は歌の上手い男性よりも、料理の上手い男性のほうが、ずっと好みです」


 ルカは言ってしまってから、言うんじゃなかったと後悔した。つい今しがたまで悄気げて萎びて干乾びていたアランが、水を得た水竜のようにピチピチになっている。しかも瞳が赤い、元気になり過ぎだ。


「そうですか!ルカさんはあの男より私が好みなんですね!」

「そうは言ってません」

「言ったも同然です!ああ私はルカさんに好かれている!」

「大声止めてください!」


 竜人を調子に乗らせると羞恥心が死ぬ。新たな教訓を得たルカだったが、その代償は大きかった。とりあえず、人前で愛を叫ぶな。長い夜はまだまだ続く。

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