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95 天草蘭丸ファーストライブ

 冒険者ギルド併設の食事処は、普段は冒険者の溜まり場になっていてむさ苦しい。しかし今日は着飾った女性達が客席の大半を占めていて、違う店になったかの様に華やかで華やいだ空気に包まれていた。


 天草蘭丸のファーストライブをより近くの席で見るために、昼過ぎから席取りをしていた女性達。長時間居座る彼女らは店の営業妨害になっているが、従業員も厳しく注意は出来ないようだ。なにせいつもは冒険者達が、討伐成功だのクエスト達成だのを口実に長々と酒盛りをしている。それは許しているのに何故自分達は駄目なのかと問われては、テーブル席の占拠を黙認するしかない。


「席に居座るのは良いんだよ、注文さえしてくれればね」


 仕事を終えて、アランと一緒に食事処に来たルカに、顔馴染みの従業員が溜め息と共に溢す。もちろん女性達とて何も注文せずに居座っているのではないが、彼女達が陣取るテーブルに並んでいるのは、飲み物や軽食がいいところ。冒険者達の酒盛りで見られる、テーブルからはみ出しそうなエールのグラスや大量の料理といった光景とは異なる。客単価がまるで違うのだ、店側が文句を言いたくなるのも仕方がない。


「すみません、次回があれば対策を立てるよう、ギルマスに伝えておきますので」

「ああ、ルカちゃんが謝る事じゃないよ、愚痴ってごめんね。ほら、この席だけは死守しておいたから」

「ありがとうございます、助かりました」


 従業員に案内され、確保してもらっていたテーブルにつく。『冒険者ギルド用記録映像撮影席』と大きく書かれた札が置いてあり、簡易結界発生装置が作動していた。初めは『予約席』の札しか置いてなかったそうだが、女性達が文句を言ったり金で席を買おうとしたりしたらしく、この扱いになったのだとか。今も周囲からの刺すような視線が痛い。


「あの!今夜のライブを撮影したものは、後日冒険者ギルドにて販売する予定ですので!詳細は明日以降、冒険者ギルドの掲示板にてお知らせします!」


 ルカが大声で告知すると、今度はいつ頃販売するのか値段は予約はと、質問が殺到する。


「詳細は後日!掲示板で確認をお願いします!!」


 再度ルカが怒鳴り、それでも何か言って来そうな数人をアランが一睨みして黙らせた。そして相席を頼まれる前に、アランが自前の結界石をテーブルにゴトリと置く。青白い結界がルカのテーブル周辺を覆い、雑音が遮断された。


「ありがとうございます、アラン先生」

「いえいえ。しかしこれは、予想より酷いですね」


 全くだ。これなら初めから貸し切りにして、チケットでも販売すれば良かったのだ。天草蘭丸は日本ではトップアイドルだったとしても、こちらでは知名度が無いからと、一般的な吟遊詩人スタイルにしたらしいが。そんな気遣いは無用だった、いやむしろ余計だった。


「開始までまだ時間がありますから、先に夕御飯にしませんか?」


 アランが手を挙げて従業員を呼び、メニュー表を指差して注文する。ここの食事処は厨房が丸見えなので、アランが同伴していればルカも料理を食べられる。なんて過剰な束縛を受け入れてしまっているルカも大概だが、本日は残念ながら、その点を指摘する者が誰も居なかった。


「ルカさん、鑑定を」


 ルカの前に置かれた仔牛のステーキの皿を自分のと入れ替えて、アランが注意する。鑑定結界は特に異常は無い。有ったら大問題だ。


「ここの料理は大丈夫ですよ」

「いいえ、油断は禁物です。ルカさんはもっと、危機管理能力を身に付けてください。でなければ全てを私に委ねてください」


 楽しい監禁生活へのお誘いを躱しながら、ライブまでの時間を潰す。やがてライブ開始時刻前になり、ルカはアランに頼んで映像記録魔導具を貸してもらった。動力源の魔石の魔力残量を確かめていると、冒険者ギルドに続くスイングドアから天草蘭丸が現れた。アランが結界石を収納したので、周囲の音が届くようになった。黄色い悲鳴が耳をつんざく。


「うるさいですね。結界を張り直しましょうか」

「それだと天草蘭丸の歌声まで聞こえなくなります。始まったらきっと静かになりますよ」


 そうはならなかった。天草蘭丸がリュートを軽く爪弾いただけでキャー、前奏から歌が始まったらギャー。曲目がゆったりしたバラードで、片想いの相手への恋心を歌い上げる歌詞なのも拍車をかけた。女性ファン達はどんどん興奮して様子が可怪しくなってゆく。ルカが身の危険を感じるほどに。


「アラン先生、これ……」

「拙いですね。どうも歌声に魅了効果があるようです。ルカさんは平気ですか?」

「私は何ともありません。でも魅了って、確か人に掛けるのは違法ですよね」

「無意識に発動してしまっているのでは?彼はこちらに来たばかりで、自分の能力をまだ把握していないのかもしれません」


 ルカとアランがひそひそと言葉を交わす間にも、女性達はヒートアップしてゆく。天草蘭丸の魅了は女性にのみ効力を発揮するようだ。幸いルカは結婚指輪の状態異常無効化のために正気を保っていられたが、他の女性達は、ファンだけでなく食事処の従業員も含めて目の焦点が合っていない。ルカが冒険者ギルドに知らせに走ろうと、立ち上がった時。


「危ない!」


 横から腰に手を回され引き寄せられて、ルカはアランの膝の上に倒れ込んだ。ルカが座っていた椅子を跳ね飛ばしながら、体格の良い虎獣人の女性が天草蘭丸に突撃してゆく。それを皮切りに、他の女性達も天草蘭丸目掛けて走り出した。あっという間に天草蘭丸の姿が見えなくなり、少しでも彼に近付こうとする女性達がキャットファイトを始める。


「ちょっと!あたしのラン様に触らないで!」

「あんたのラン様じゃないわよ!勘違い女は引っ込んでなさいよ!」

「あんたこそ!」

「ラン様に相応しいのはワタシよ、邪魔しないでちょうだい!」


 唖然とするルカの目の前で、テーブルに置いて撮影していた映像記録魔導具が奪われる。


「ラン様のお姿はわたしのものよ!」

「え?あの返して──」

「返さなくて良いです!ルカさん動かないで!」


 映像記録魔導具の奪い合いまで始まった。アランは女性達の争いに巻き込まれないよう、ルカを抱えて撤退する。代わりに騒ぎに気付いて駆けつけて来た冒険者ギルドの職員達が、女性達を引き離そうと近寄っている。だが暴走していても女性に手荒なことは出来ないと、手をこまねいているようだ。


「アラン先生、女性達を止められませんか?このままでは怪我人が出ます」

「ルカさんのお願いなら何とかしましょう!ギルド職員の皆さんは下がってください!」


 アランはルカを抱えたままで、取っ組み合い掴み合う女性達に向かって魔法の呪文を叫んだ。


全体石化(ゴルゴン・アイ)!」

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