94 嵐の前
今日は天草蘭丸のファーストライブの日だ。天草蘭丸はこの世界に来てまだ1週間程だというのに、もうファンが付いているらしい。冒険者ギルドの職員にも彼のファンだという女性達がいて、朝からソワソワと気もそぞろだ。
反対に、男性職員達は天草蘭丸にあまり良い印象を持っていないようだ。あれだけ男女で態度に差をつけているので、当然と言えば当然だ。だが多少はやっかみもあるようで、男性陣は固まってはコソコソと、天草蘭丸の陰口を叩いていた。
「結局顔なのか、顔が良ければ性格は二の次なのか」
「受付の○○ちゃんもファンになったって……」
「顔だけで男を判断するような女なんて、こっちから願い下げだろ!」
「聖女マリナも元の世界にいた頃からのファンだって聞いたぞ」
「マリナ様が!?そんな!」
「「「我等の癒しの聖女マリナを誑かすとは、天草蘭丸許すまじ!」」」
男性職員達に天草蘭丸が疎まれているのは、半分はマリナのせいだった。マリナ教の信者達が武装蜂起しないよう、今夜のライブは厳戒態勢にするべきか……。
殺伐とした男性陣と、浮かれた女性陣の落差が酷い。ルカは正直気が休まらなくて、昼休憩にアランに愚痴ってしまった。ヤケ食い気味に弁当を貪り食うルカを、アランはとても愛おしそうに眺め、上機嫌で相槌を打つ。
「そうですか、中々大変そうですね」
「もう、空気悪くて最悪です!関わりたくないのに、私が記録映像撮るって知って、皆にレンタルをお願いされるんですよ。それを男性陣が止めに入ってきて、私を挟んで男性対女性で言い争いになるし」
「大丈夫でしたか?怪我などはしてませんか?」
「はい、無傷です。ギルマスが止めてくれたんで、表面上は収まりましたし……だけど午後からは、隠れてこっそりお願いされそうです。その方が面倒になりそうで気が重いです。このまま帰りたい……」
「早退しますか?私が口添えしますよ?」
「体調が悪くも無いのにサボるのは……でも、ありがとうございます」
給料を貰って働いているのだから、こんな事で仕事を放り出す訳にはいかない。しかも今日は皆仕事が手に付かないので、業務が滞りがちなのだ。
「せめてルカさんに害が及ばないよう、手を打ちたいのですが──そうだ」
アランは何かしら対策を思い付いたようで、自分のアイテムボックスを開いて小さな箱を取り出した。蓋を開けると、中には指輪が2つ、並んで収められている。
「ルカさんの世界では、結婚すると夫婦でお揃いの指輪を付けると聞きまして。ドワーフの職人に作ってもらったのです。守護の魔法が掛かっていますので、多少の衝撃なら防げます。これを身に付けていてもらえませんか?」
「ええと……心配してくれるのは嬉しいですけど」
「この世界には無い風習ですから、私達が揃いの指輪を付けていても、特別な意味があるとは思われませんよ。それに守護天使の首輪の結界も、ジャックのせいで使ってしまいましたし。私の心の安定のためにも、お願いします」
「……わかりました」
「ありがとうございます!では早速ですがルカさん、お手を」
アランがサッと地面に片膝をつき、ルカの左手を取る。恭しく押し戴くというよりも、『確保!』って感じだ。左手の薬指に素早く嵌められた指輪はブカブカだったが、ルカの指の付け根まで押し込まれた瞬間にヒュンッと縮んだ。キツくもなく緩くもない絶妙なサイズになった指輪は、ルカの手でピンクゴールドの輝きを放っている。
「ルカさんも、私に嵌めてもらえますか?」
ベンチに座り直してから、アランがもう1つの指輪をルカに差し出した。ルカも跪くのかと思ったが、座ったままでと微笑まれる。気恥ずかしいが、これを結婚式でやらされるよりはマシだと自分に言い聞かせた。ギャラリーがいないだけ恥ずかしさが減る。
それに、地球での結婚式なら式の流れの1つだと割り切れるが、万が一結婚指輪がこの世界で広まったりして、この世界初の指輪交換だとか歴史に名前が刻まれたりしたら恥ずかし過ぎる。勇者アランのネームバリューを考えれば、有り得ない話ではないのだ。
「じゃあ……」
差し出されたアランの左手に、ルカはそっと手を添えた。剣を持つ人の手だ、剣ダコが指先に当たる。アランの手は指が長く、節くれだっていた。薬指に指輪を嵌めると、ルカの物と同じように、アランの指のサイズに合わせて指輪が縮む。
そして、お互いの指輪が発光し、教会の鐘の音のような音が、アランとルカの頭上でリンゴンと鳴った。
「え?今のって」
「守護の魔法が発動した音ですよ?」
「それだけですか?」
「えーと……如何しても気になるなら、鑑定してみてください」
もちろん即座に鑑定しますとも。アランが言うやいなや、ルカは迷わず自分の指輪を鑑定した。絶対に普通の指輪じゃないという確信があった。
『結婚指輪(SSSランク装備品)
物理防御力、魔法防御力、各属性耐性値が飛躍的に高くなる指輪。更に、ありとあらゆる状態異常効果も無効化する究極の品。ただし、対となる指輪と一定距離以上離れると大音量でアラームが鳴る、ある意味呪いのアイテム。死が2人を分かつまで外せない』
結婚指輪は呪われていた。
「……アラン先生、これ神殿で呪いを解いてもらうとか、出来ないんですか?」
「呪われたアイテムではありませんよ?」
「そうだけど、呪われたアイテムより質が悪いですよね!」




