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93 盗撮と肉じゃが

 それから数日は平穏な日々が続いていた。休日の今日はいっそう長閑でのんびりとした時間が流れている。だがそんな無風状態は、嵐の前の静けさなのではとルカには感じられた。特に明日の夜開催される、天草蘭丸のファーストライブ。何かしら起こりそうで、嫌な予感しかしない。


 ルカは天草蘭丸に興味無しなので、可能なら撮影を誰かに任せて避難しておきたいところだ。だが、ギルドマスターに撮影許可を求めたら、ルカ自身が撮影するのなら、冒険者ギルドの職務として特別に許可すると言われてしまった。肖像権とか存在しなさそうだけど、念の為にと申し出たのが仇になった。


 仕事となると他人に任せることも出来ない。一昨日クエストに出発したマリナから、細かい注文も受けたことだしと、ルカは渋々アランに映像記録魔導具の使い方を教わっている。といっても映像記録魔導具の操作は簡単、ビデオカメラとほとんど同じだった。


「10年くらい前にこちらに来た転移者が、研究開発したものですからね。チキュウの機器を参考にしたのでしょう」


 やはりビデオカメラを魔導具で再現した物だった。そのうちスマートフォンなんかも再現してくれないだろうか。そんな事を考えながら、映像記録魔導具の再生ボタンを押す。画面に目を移した瞬間、横から魔導具を掻っ攫われた。


「……」

「……」


 一瞬だったが、画面にはルカの寝顔が映っていた。盗撮ですか?ルカが疑惑の目を向けると、アランがそっと視線を逸らす。この頃ルカのスルースキルはどんどん磨かれているが、これを放置するのは拙い。


「アラン先生?まさかと思いますが、着替えとかお風呂とかトイレの映像なんて、撮影してませんよね?」

「……そこは自制しました」


 自制ですか……いやこの点に関しては何も言うまい。


「私に無断で撮影した映像は、全て消去してください」

「そんな!おかしな事には使ってませんので!」

「だとしても消してください。さっきの映像、私がこっちに来て間もない頃のですよね?あの私の髪の長さは、アラン先生と出会う前です。知らない人から盗撮されるとか、二重に気持ち悪いです」

「もう知らない人じゃなく婚約者じゃないですか!」

「あの映像が撮影された時点では、私にとってアラン先生は知らない人でしたよね?今婚約者だからって、免罪符にはなりません。それから、婚約者だとか番だとか私の安全の為だとか言えば、何でも許されると思ったら大間違いですからね?」


 珍しく、ルカが本気で嫌がっていると感じ取れたのだろう。アランは青い顔で映像記録魔導具を操作した。そして画面をルカに見せながら再生ボタンを押す。

 ルカは魔導具本体に何の映像も残っていないと確認し、余所行きの笑顔を作って念押しした。


「他にも私の映像を隠し持ったりしてませんよね?私、嘘付きも嫌いですけど、黙っていれば嘘じゃないって隠し事をする人は更に嫌いなんです」

「ごめんなさいもう1つ持ってます!全部消去するから嫌わないでください!」


 そんなこんなで1日がダラダラと過ぎてゆく。アランが無許可でルカを撮影したお詫びにと、ルカの部屋の大掃除をしてくれている間に、ルカは植木鉢を探して聖なる大豆を植えたりもした。掃除が終わった室内から、幾つか小物が無くなっていたのは気づかない振りをする。


「お掃除ありがとうございます、アラン先生」

「いいえ、お詫びですから!全てクリーンにしておきました!」

「お礼に夕食は私が作りますね」

「ルカさん……まだ怒っているのでなければ、私も一緒に料理させてください」

「簡単な料理だから1人で良いかなと思っただけです。もう怒ってませんから」

 

 夕食のおかずは肉じゃがだ。ユウキ達に同行する大賢者ヒューバートが、また醤油パックを増やしてくれていたので、有り難く使わせてもらう。ヒューバートは肖像画よりも美形なエルフだった。彼の整い過ぎた美貌は、一流の肖像画家にも描き切れなかったらしい。


 肉じゃがの材料は、ジャガイモ、玉ねぎ、人参と牛肉を使うことにした。肉じゃがの肉は関東だと豚肉、関西だと牛肉が多いそうだが、今日はたまたま牛肉の気分だっただけだ。ジャガイモの皮を剥き、四等分にする。玉ねぎは櫛形切り、人参は小さかったので輪切り。


 牛肉は薄切り肉をそのまま鍋に入れ、油で炒めた。肉に火が通ったら、玉ねぎ、人参、ジャガイモと順に入れ、油が回るまで炒める。そこに砂糖、醤油、和風出汁を加える。灰汁を取りながらコトコト煮て、ジャガイモに菜箸が通ったら完成だ。


「赤ワイン煮と似てますね」

「これに赤ワインを入れても美味しいですよ」


 口の中にいれると、ジャガイモがホロリと崩れる。甘いのが好きなルカは、肉じゃがも甘めの味付けだ。2人分には多い量なので、残りはストックに回すことになる。魔導コンロの上に放置された肉じゃがの鍋を、アランが気にしているようだ。


「ルカさん、残りは別の料理にリメイクですか?」

「カレーにしたりもしますけど、せっかくの醤油味がもったいないのでそのままストックします」

「いつもは作りたての熱々をアイテムボックスに入れてますよね?」

「煮物は冷める時に味が染みて、更に美味しくなるんですよ。私のアイテムボックスに入れたら時間経過しないので、冷ましてから収めます」


 この世界では、料理は作ったら直ぐ食べるのが基本だ。冷蔵庫が高価で、貴族や高級レストランにしか普及していないのと、残り物は使用人や下働きに下げ渡される物だとの認識が強いためらしい。だから、作り置きなんて発想が出てこない。2日目のカレーも存在しない。美味しいけど、常温で放置されたカレーは食中毒が心配だから。


「大量に作ってストックしておくなんて、アイテムボックス持ちだから可能な贅沢ですよね」

「そうですね。それにしてもこれ、美味しいです。お代わりしても良いでしょうか」


 大掃除で動いたためか、アランがよく食べる。ストックに回す肉じゃがを確保しておくべきかと、ルカは真剣に思案した。

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