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92 異世界アイドル

「そうだ、天草蘭丸って人、皆は知ってる?」


 夕食の席でルカが尋ねると、仲間達の全員が首を縦に振った。


「アイドルだよね」

「超イケメン!」

「歌も上手いしな」

「それだけじゃありません!蘭丸様は作詞作曲も自分でされる天才です!演技も上手だし、蘭丸様が主演しちゃった『天使のノクターン』は高視聴率を叩き出して流行語まで生み出したブチええドラマじゃったし、特に女性ファンには優しくて神対応じゃけぇ──」

「マリナ広島弁出てるよ、ちょっと落ち着こうか!はい深呼吸ー」


 普段落ち着いていて大人っぽいマリナが、興奮して鼻息荒く捲し立てるのを見て、ケイが顔を引き攣らせ、ソウマが目を丸くしている。ユウキにどうどうと落ち着かせられるマリナ。いつもと立場が完全に逆だ。マリナは天草蘭丸のファンらしい、意外とミーハーなんだなと、ルカは友人の新たな一面を発見して驚いた。


「で、天草蘭丸が如何かしたのか?」

「ええと……」


 大豆をこの世界に持ち込んだのが天草蘭丸だとは、まだ伝えていなかった。ルカにとっては知らないアイドルよりも大豆の方が、重要度が格段に高かったからだ。というよりも、頭からすっぽり抜け落ちていて、今思い出したのだ。

 だけど天草蘭丸は、思ったよりも有名人らしい。ルカはマリナに向き直り、大豆を手に入れた経緯を説明した。


「羨ま妬ましい!ウチも蘭丸様とお話したい!」


 さっきから壊れ気味のマリナが叫ぶ。妬ましいって、そんなに天草蘭丸が好きなのか?

 でも素の天草蘭丸は、あまり性格が良く無さそうだった。アランに暴言を吐いていたし、駆けつけて来たギルド職員に対しても、男性職員と女性職員とであからさまに態度が違った。そしてチャラかった。冒険者ギルドに移動してからも、女性と見れば誰彼構わず声を掛け、ウインクを飛ばしていた。それをファンサービスと見るなら、女性ファンを大切にしていると言えなくもない、のか?


「マリナ、天草蘭丸は吟遊詩人として冒険者ギルドに登録したから、そのうち会えると思うよ」

「そうなん?」

「うん、暫くは食事処で歌うみたいだし」

「絶対聞きに行く!ああでもウチらはもう直ぐ出発じゃけぇ行かれんわー!ソウマ、ウチ今回留守番で()え?」

「駄目だよ、今回の依頼はマリナが不可欠だって言われたよね?」

「そんな……」


 ホロホロと涙を流す聖女様。美人の涙って破壊力抜群だ。ソウマが困り切って仲間達に助けを求めるが、ケイもユウキも『お手上げ』とジェスチャーで示した。だからって、こちらに縋るような目を向けられても、ルカには如何にも出来ないのだが。


 夕食そっちのけでワイワイと、マリナを宥め説得する仲間達。唐揚げは揚げたてが1番美味しいのにと、ルカは我関せずを貫いて、大皿に盛った唐揚げを1つ箸で摘んだ。おかわり用の大皿はユウキのために置いていたのだが、今はそれどころじゃなさそうだ。噛ると唐揚げはまだ中が熱く、肉汁が染み出してくる。


「ルカさんは、あの男に興味が無いのですか?」


 黙って食事に専念していたアランが、隣から話し掛けてきた。ぴったり椅子をくっつけられているので、声が近い。


「特には無いです」

「かなり美形でしたけど、ルカさんは見惚れたりしていませんでしたよね」

「美形はソウマで見慣れてるので」

「私の外見はルカさんの基準では、どの程度でしょうか」

「一般的に見て、アラン先生はハンサムの部類だと思います」

「一般論は如何でもいいんですがねぇ」


 アランは何を言わせたいのか。察してはいるのだが、ここで言わなきゃいけないのか?そんな張り合わなくても。


「アラン様は絶対ルカのタイプでしょ!眼鏡男子だし!」


 ユウキ、ここで『空気が読めるけど敢えて読まない』スキルを発動しないで。マリナの涙を止めるのに全力を注いでて。


「ルカさんは眼鏡がお好きなのですか?」

「……ええ、まあ……」

「私の素顔は如何でしょうか」


 アランが眼鏡を取ったところを初めて見た。付き合いも長くなってきたのに、今まで一度も素顔を見た事が無かったので新鮮だ。ルカはまじまじとアランを見詰めた。普通にイケメンだ。


「ルカさんに見詰められると照れますね」

「え、見えてるんですか?」

「この距離ですからね。で、如何ですか?」


 感想を強要しないで欲しい。そっちこそ、期待と不安の入り混じった目で見詰めてこないで欲しい。


「ええと……ハンサムだと思いますけど……」

「けど、ソウマ君よりは劣ると?」

「面倒くさいな」

「ルカさん、心の声が漏れてますよ?竜人の愛情は重くて粘着質で面倒くさいのです。早く慣れてください」


 当分慣れるのは無理そうだ。ルカは諦めの境地で、深呼吸の振りをしてそっと溜め息をついた。やけに静かだ。知らぬ間にマリナが泣き止んでいて、ルカを上目遣いに見ている。居心地の悪くなるような、じっとりとした視線だった。


「ルカが妬ましい、いえ羨ましいです。蘭丸様のこの世界でのファーストライブが見られるなんて」

 

 また妬ましいって言われた。そして食事処でちょこっと歌うのは、ファーストライブと言えるのだろうか。

 マリナの恨みがましい目つきの横で、ソウマが手を合わせて拝んでくる。止めて。ただの冒険者ギルド職員に出来る事なんて、たかが知れているのに。

 

 マリナの目が次第に尋常じゃない色を帯びてきて、ルカは背中にダラダラと冷や汗をかいた。そこに救いの手が差し延べられる。


「私が所持している映像記録魔導具を貸しましょうか?」

「え、あんな高価な魔導具、個人で持ってるんですか!?貸してください!」


 天草蘭丸のファーストライブを録画してマリナに渡すことで、何とか穏便に決着がついた。マリナがその対価として、ルカの家に最上級の結界を張ってくれるというので、結果としてはウィンウィンだ。だけど、ホッと気を緩めた途端、アランに肩を叩かれた。


「私にも、映像記録魔導具をお貸しする対価を支払ってくれますよね?」


 救いの手だと思ってうっかり掴んだら、ルカを搦めとる魔の手だった。


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