90 聖なる大豆
「え、豆撒きの豆って芽が出ないの?」
喜び勇んで手に入れた大豆を家に持ち帰ったルカ。まだ家に居たユウキ達に、満面の笑みで披露したのだが、返ってきたのは残念な事実だった。
ソウマが言うには、節分用の大豆は煎り豆を使うので、発芽は難しいだろうとのこと。それでも諦め切れずに鑑定してみたのだが、結果はソウマの言う通りだった。鑑定結果に『発芽はしない』とハッキリと書かれていたのだ。
「そんな……」
手を取り合って喜ぼうとしていたユウキと共に、ガックリと膝をつく。とんだ糠喜びだった。ルカの頭の中では次の新年に、成人を祝って枝豆とエールで乾杯する予定まで立てていたのに。
だが諦めるのはまだ早い。ここは魔法の存在する世界なのだ。地球の物理法則とは別の理で世界が回っている、何かしら手立てがあるかもしれない。
ルカは短時間で復活し、ケイに詰め寄った。
「ねえ、物体の時間を巻き戻す魔法とか、無いの?」
「聞いた事無いな」
「時間魔法は失われた魔法ですからね」
アランの答えに光明を見出したルカは、くるりと方向転換した。失われたなら復活させれば良い。
「複製魔法みたいな感じですか?」
「ああ、ルカさんに迫られてる……」
「アラン先生!」
「……時間魔法は失われたと言われているだけで、実際のところ存在していたかどうかも定かではないんです。千年前の遺跡に数行記述があるだけでして。時間魔法について研究したり、時間魔法の魔法書を探したりした人もいますが、契約した人は皆無です」
「ダブルの魔法以上に、お伽噺の世界のものなんですね」
残念ながら、存在すら疑問視されている物だった。となると、発見するのは不可能に近いか。この線は無理そうだ。
「じゃあ、植物系の魔法は如何ですか?」
「うーん、植物の成長を促す魔法は有りますが、種自体が死んでいるとなると」
「蘇生魔法で生き返りませんか?」
「蘇生魔法──復活の呪文は、ある程度の知能がある生物にしか効果がありません。しかもほとんど成功の見込みは無く、成功しても記憶が欠落するなどの支障が出るという、欠陥だらけの魔法なのです」
博識なアランに次々と可能性を潰される。無知をさらけ出すようで悔しいが、念願の大豆が目の前にあるのに、そう簡単には諦められない。だけど、他に効果が有りそうなものとなると……。
ルカがアイディアを捻り出そうと唸っていると、それまで静観していたマリナが、おずおずと手を挙げた。
「あの、回復魔法を掛けてみても良いですか?」
「回復魔法って、植物にも効くの?」
「分かりません。ですが煎り豆って、言ってみれば火傷しているような状態でしょう?回復魔法で組織を修復出来ないかと」
「考えるより、1回やってみようよ!マリナの回復魔法は凄いもん、奇跡が起きるかも!」
ユウキに背中を押され、ルカは大豆を一掴み、マリナの両手の平に乗せた。マリナはそれを手の内に包み込むと、目を閉じて、長い呪文を唱え始める。アランが目を見張って、小声で呟いた。
「まさか、この魔法が使えるとは」
「そんなに凄い魔法なんですか?」
同じく声を潜めて尋ねたルカの耳元に口を寄せ、アランが説明してくれる。
「究極の回復魔法です。瀕死の状態からでも体力と魔力を全回復し、更には全ての状態異常も治すという」
魔法版エリクサーといったところか。いや、エリクサーは状態異常までは回復しないらしいから、更に上の、正しく究極の回復魔法だ。
全員が固唾をのんで見守る中、詠唱が終わり、マリナの手の内がパアッと発光した。そう強い光では無かったが、指の隙間から漏れた光が部屋をキラキラと照らし、幻想的だ。その中心で俯き加減に光源を見つめているマリナは、宗教画に描かれるような神々しい聖女の姿をしていた。奇跡くらい簡単に起こしてくれそうだ。
やがて光が収束しながら徐々に弱まり、マリナが広げた手の平には、白金色に輝く大豆が残った。いやコレ大豆ちゃうやん。きっと皆も心の中でツッコミを入れたはずだ。
「ええと……とりあえず鑑定してみては如何ですか、ルカさん?」
さすが経験値が違う、アランが真っ先に我に返って提案してくれた。ルカは言われた通りに大豆だったはずの何かを鑑定する。
『聖なる大豆(SSSランクアイテム)
異世界由来の豆に聖属性が付与された、食べれば体力を全回復するアイテム。どんな痩せた土地でも発芽し、半永久的に実をつける。ただし、成った実は普通の大豆と同じ』
奇跡は起きた。ただの大豆が回復アイテムになっていた。だけど、土に撒けば普通の大豆が成るらしい、ここが重要だ。
「いや違いますよルカさん、重要なのは新たな回復アイテムが出来た事です!しかも痩せた土壌で半永久的に栽培可能だなんて、魔王領のような植物が育たない土地に持っていけば大騒ぎですよ!」
「やっぱり騒ぎになりますよね……」
「当然です、王家にでも献上すれば、強力な外交カードになりますからね!」
うーん、それは面倒くさい。でも大豆は育てて食べたいし、出来れば大豆を普及させて、醤油や味噌を誰かに再現してほしい。
ルカは、周りを囲む仲間達をぐるりと見回した。
「皆、これ如何する?」




