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9 中華風スープ試食会

「うん、美味しい!懐かしい味ネ!」


 キノコ出汁で作った中華風スープを一口啜り、にっこり笑っているのはルカ達の相談役(チューター)であるハオラン。中国系アメリカ人の転移者である。


「これは良いですな。まさか薬の材料としてしか使い道がないと思っていたボールマッシュルームが、干すだけで美味しくなるとは。これは売れますぞ」


 具のキノコを噛み締めて味を確認しながら、こちらもニコニコと笑顔でソロバンを弾いているのは商人ギルドのギルドマスター。さすがは商人の中の商人、何でも商売に結び付けてしまう達人だ。


 そしてもう一人、中華風スープのお椀は脇に置いたままで鍋に向かっている男性。猫舌らしく、まだスープには手を付けていないが、料理の下拵えの段階から熱心にメモを取っていた。エプロン姿が一見料理人のようだが、彼の職業は勇者。それも勇者という職業についているだけの冒険者ではなく、実際に魔王と戦った本物の勇者だ。


 勇者アランはハオランの知り合いで、ルカとは今日が初対面だった。転移者向け講習会で習うほどの有名人との邂逅に、ルカの心臓はオーバーワーク気味だった。何故こんな全世界の英雄みたいな人が、ルカの作ったスープの試食にやって来るのか。素人の料理をお出しして良いものなのか。


「ふむふむ、スープの味付けに使うだけでなく、具材にもなる。乾燥させると日持ちもしますし、軽くなって嵩張らない。これは冒険者向きの食材ですねぇ」


 アランはぶつぶつ呟きながらメモを終え、やっとスープのお椀に手を延ばす。持ち上げたお椀に顔を近付けて匂いを嗅ぎ、そっと口をつけて慎重に啜る。


「美味しいです。それに香りも食欲をそそります。素晴らしい!」


 お褒めの言葉を賜り、ルカはホッとして力が抜ける。緊張して身体が強張っていたようだ。やっと自分のスープに口をつけ、その温かさに固まっていた全身が弛緩した。


「お口に合って良かったです」


 ハオランはともかく、商人ギルドのギルドマスターも勇者アランも舌が肥えていそうだ。そんな人達に素人料理を振る舞わなければならなくなり、ルカは昨夜から胃がキリキリしていたのだ。如何してこうなった。いや原因はハッキリしている、冒険者ギルドマスターのせいなのだ。


 一昨日作った中華風スープとカレー風スープが1人では食べ切れなくて、同僚達にお裾分けしたのが発端だ。通り掛かったギルドマスターに、雑談からの尋問を経て、業務命令が下された。それが今日の試食会というか、新食材のお披露目会なのだ。


「ルカさん、キノコを粉末状にした物も有るそうですが。見せて頂けますか?」

「あ、はい。こちらです」


 目をキラキラさせたアランに促され、ルカはすり鉢ですって粉にしたキノコを取り出した。瓶に入れられたキノコ粉をスプーンで掬い、別の鍋で作り途中のスープに投入する。


「このまま弱火で温めて、出来上がりです」


 鍋をおたまでグルグル混ぜていると、アランが隣に立って覗き込んでくる。


「粉にしても火を通さないと駄目なのですか?」

「キノコなので生食は拙いかと思いまして。ですが粉末状ですから加熱時間は短くて良いと思います」

「今頂いたスープは、丸ごと干したボールマッシュルームを一晩水に浸けて味を出したのですよね。こちらの方が簡単で良いですね」

「はい、ただ味は少し薄くなりますし、完全には溶けないのでスープの舌触りがちょっと。美味しく食べるなら粉末を使うより、丸ごと浸けて出汁を取るのをお勧めします」

「一長一短ですね、なるほどなるほど」


 出来れば顆粒だしのように、旨味だけを凝縮して、更にサッと溶けるものが欲しい。だが素人に出来るのはここまでだ。これ以上は、何を如何すれば良いのか皆目見当がつかない。


「その辺りはおいおい改善していきましょう。ウチに得意そうな者がおりますのでお任せを!」


 商人ギルドマスターがドンと胸を叩く。いい笑顔だ。これが漫画なら、目が円マークになっていることだろう。


「と言うことで、商品登録は我がギルドと共同名義に──」

「いやそれは駄目ネ!改良したものは別で登録すればいいアルよ」

「だがそれだと今すぐには──利益配分を考えて──」


 ハオランと商人ギルドマスターが大人の話し合いを始めたので、ルカはその場をハオランに任せることにした。難しいことは相談役(チューター)に頼ればいい。そのためにハオランを呼んだのだ。


 キノコ粉を入れた鍋の火を止め、差し出されたお椀にスープをよそう。アランは湯気を立てるスープの匂いを嗅ぎながら、ルカに日本の出汁について質問し続ける。記憶を出来る限り引っ張り出して答えていると、口の中が和風出汁を求めてきて、中華風スープで誤魔化した。


「こちらも十分美味しいですねぇ。これでも満足出来ないなんて、日本人というのは食に貪欲な民族なんですねぇ」


 シンクロするように冷ましたスープをのんだアランが、しみじみと言う。そして顔を上げると、ルカに柔和な笑顔を向けながら宣言した。


「決めました。私は貴女に弟子入りします!ルカさん、私に和食の何たるかを教えてください!」


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