表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/117

88 きんぴら2種

 鍵穴に差し込んだ鍵を回し、カチリと音を立ててルカの家の玄関扉の取っ手を引く。だが鍵は開いたはずなのに、扉は開かなかった。


「あれ?」


 取っ手をカチャカチャいわせていると、ケイが後ろからソウマの手元を覗き込む。


「開かないのか?あの人に鍵変えられたんじゃ」

「いや、鍵は回ったんだけど」

「だったらこの前と同じだろ。交代しろ、俺が魔法で開ける」


 先日アランに締め出された時も、ルカを心配したケイが合鍵で部屋に戻ろうとしたが、鍵を開けても扉は開かなかった。どうも魔法で扉と壁とを接着してあったらしい。今回も同様だと踏んで、ソウマはケイと場所を交代した。ケイが玄関扉の前に立ち、魔法を使おうと集中した瞬間。


 ゴンッ!


「痛っ!」


 外開きの扉が勢い良く開いて、ケイにぶつかった。


「おや、貴方達でしたか。いらっしゃい」

「何であんたが居るんだ」

「ルカさんの家に、婚約者の私が居るのは当然でしょう」


 扉を開けたのはアランだった。澄ました顔でケイにマウントを取り、廊下にチラリとやった目を不審げに眇める。


「ソウマ君とケイ君だけですか?」

「ユウキ達は買い物をして、後から来ます」

「男2人でルカさんの家に来たと……追い返したい所ですが、ルカさんと約束していましたし、まぁ良いでしょう。ソウマ君には聞きたい事もありますし、どうぞ」


 不本意だ、とハッキリと態度で表しながら、アランが脇に寄って通り道を空ける。空気が重い。ユウキ達がケーキを買いに行くのについて行けば良かったと、ソウマはちょっぴり後悔した。でもそうすると、ケイとアランが一騎討ちになるか……僕って損な役回りが多いよな……。


 ソウマが己の不幸を嘆きながら部屋に入ると、テーブルの上で燦然と輝くランチボックスが目に入った。窓からの陽光が当たって物理的に煌めいているのだ。クラブハウスサンドを貫くピックとか、瑞々しく艶のあるプチトマトだとかが。


「ルカさんと一緒に食べるためのアイサイ弁当です!」


 アランが、主にケイに向かって自慢してくる。今は聞き流しているケイが爆発しないうちに、ソウマは2人の間に割って入った。


「あの!僕に聞きたい事って何でしょうか!」

「……ミズヨウカンとかいうデザートの作り方が知りたいのです」


 良かった、思ったより平和な話題だ。ソウマは喜んでアランにレクチャーすると決めた。と言っても実際に作るとなると、今日ここに来た目的である料理をする時間が削られる。そのため口頭で説明する事になった。


「ええと、水ようかんの材料の、あんこの作り方から説明しますね」

 

 話しながらも手は動かして、冒険中の食料も調理してゆく。煮物を作ると野菜くずがたくさん出てしまった。この世界で野菜は貴重だ、これも料理したい。アランが手帳に書き込んでいる合間にテーブルを見回すと、ケイが茹でていたブロッコリーの茎が幾つも転がっていた。よし、まとめてきんぴらにしよう。


「ケイ君、続きをお願いします」

「あ、はい!次は出来上がった白あんに、水を──」


 水ようかんの作り方を頭の中で組み立て、口に出しながら、手はひたすらに野菜を刻む。ブロッコリーの茎は根元だけ硬い皮を剥いてから、細切りに。人参の皮と蕪の皮も細切りにする。かなりの量になったので、味付けの違う2種類のきんぴらを作ることにした。


 まずはスタンダードに、野菜だけをゴマ油で炒めて醤油と砂糖で味付けする。和風出汁も少し入れてみた。水分が飛んだら白ゴマを振って出来上がりだ。


 きんぴらと言えばレンコンやごぼうがメインの、茶色い物が真っ先に思い浮かぶが、ブロッコリーの緑に赤と白が混じるカラフルなきんぴらも美味しそうだ。そういえば、レンコンもごぼうもこの世界では見掛けない。存在しない可能性もあるが、地球でもこの2つはヨーロッパではほとんど食べないらしいから、ヨーロッパ風のこの国では食材として認識されていないのかもしれない。


 もう1種類のきんぴらは塩味にする。そしてこちらには、手で割いた鶏むね肉も加える事にした。ゴマ油で鶏肉を炒め、野菜もフライパンに入れて更に炒める。火が通ったら塩と和風出汁で味付けし、仕上げにトウガラシを入れて完成だ。


「これも初めて見る料理ですが、何という料理ですか?」

「きんぴらです。じゃがいもとかセロリとかでも作れますよ」

「こちらも作り方を教えてもらえますか?」


 簡単に作り方を説明し、アランがメモを取り終わると、お礼に料理の下拵えを手伝うと申し出られた。プロ級の料理の腕前を誇るアランが手伝ってくれるのは有り難いが、ケイが『断れ!』と全身で訴えてくる。迷っている所にユウキとマリナが来てくれた。助かった!


「ありがとうございます、アラン様。ですがユウキ達も来ましたし、僕達だけでも大丈夫ですから」

「分かりました。では私はそろそろルカさんにお弁当を届けに行くとしましょうか」


 ホッとしたのも束の間、アランはニッコリ笑いながら言った。


「ソウマ君。今度から和菓子を作る時は、私が同席しますので。その場で教えて頂けますか?」

「はい、良いですけど」

「ソウマ君が作った物は皆さんで。ルカさんには私が作った物を食べてもらいます、良いですね?」


 笑顔なのに笑っていない目で射竦められ、威圧まで掛けられる。この世界に来て初めて身の危険を感じ、ソウマはコクコクと、何度も首を縦に振って恭順の意を示した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ