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87 水ようかん

 食後の話し合いは難航した。ひとまず寮の鍵を交換するのと玄関扉に攻撃魔法を仕込むのは阻止したが、代わりにルカの部屋全体に結界を張る装置を設置する事になった。既に寮の敷地を囲む結界装置があるのだから過剰だと伝えると、アランが小さい子に言い聞かせるように優しく言った。


「ルカさん、それだと内部の人間には効果がありません。結界の中に男子寮が含まれている時点で意味が無いですし、女子寮の住人の関係者にも男性が居るでしょう?」

「男子寮の皆さんは信頼出来る同僚です。女子寮の皆のご家族や友人まで疑ってたら、キリがありません。だいたい私、貴重品は全部アイテムボックスに入れてますから、家には盗まれるような物も無いですし」

「沢山有りますよ!ルカさんが使っている食器や寝具、衣服、それに下着!盗みが目的ではなく、盗聴魔導具や盗撮魔導具を仕掛けるための侵入も有り得ます。そして最悪なのは、ルカさん本人を狙った犯行の場合です。危険から身を守るために、私と一緒に暮らしましょう!」

「まだ諦めて無かったんですか?」

 

 最新式の結界装置を購入すると決まった後も、話し合いは続いた。もう少し身体的接触を控えて欲しいとルカが訴えれば、ならその分一緒にいる時間を増やして欲しいとアランが答える。


「仕事中以外はほぼ一緒にいるのに、これ以上どう増やせと?」

「夜は別々じゃないですか。毎晩とは言いません、ルカさんの休日前だけでも泊まらせてください」


 これは即座に却下したルカだが、部屋に結界装置を入れるまではアランを家に泊める事になってしまった。身の安全を盾に強引に押し切られた。アランを家に泊める方が危険だとの本音が口から出そうになったが、ルカはすんでのところで口を噤んだ。沈黙は金だ、下手な事を言うと藪蛇になりかねない。

 破竹の勢いで、ルカのプライベートスペースがアランに侵略されている。最終防衛線だけは死守しなくては。


 他にも細々とした事を話し合ったが、結果としてはルカの敗北……いや惨敗だった。アランに次々と劇甘攻撃を繰り出され、ルカはもう虫の息だ。恋愛において今まで不戦敗どころか不参戦のルカでは、竜人の番への偏愛に太刀打ち出来なかった。武器の使い方すら分からなかった。


「では、当分ルカさんのお家にお泊りで良いですね!」


 背後にルンルンと書き文字が踊っているような陽気さで、アランが念を押す。ルカは甘い物が食べたくなった。ストレスが理由だとしたら、良くない兆候だ。いや、単に疲れただけだ、きっとそうだ。

 ここ数日で、ルカのスルースキルは格段に進歩していた。


 ルカがアイテムボックスから出したのは、ソウマ作の水ようかんだ。白いんげん豆で白あんを試作した時に、どら焼きと共に作ってくれた。白あんと水、蜂蜜、ちょっぴりの塩を混ぜて鍋で温め、ゼラチンで固めたプルプルの水ようかんだ。

 ようかんといえば寒天で固める物だと思っていたルカは、ソウマが鍋にゼラチンを投入するのを見て驚いた。和菓子屋の息子だから、ソウマは和菓子に関しては基本に忠実だと思っていた。けれどソウマが、


「伝統を守ってばかりじゃ、ウチみたいな小さな和菓子屋はやっていけないんだ。使える物は何でも使うよ。寒天とゼラチンを混ぜて使ったりもしてた」


 と笑い、ルカはそんなものなのかと納得した。ソウマの家の和菓子屋は家族経営で、ソウマもよく店を手伝っていた。店頭で集客に一役買うだけでなく、和菓子職人になるための勉強もしていたソウマの言葉には含蓄があった。


「それはソウマ君が作っていたデザートですよね?」

「はい、そうですけど」

「これと交換しませんか?私が作ったチョコレートムースです」

「アラン先生のもありますよ?」

 

 ルカが渡した水ようかんをアイテムボックスに仕舞ってから、アランはルカのぶんの水ようかんをチョコレートムースと入れ替えた。見事な早業だった。ルカが呆気に取られているうちに、テーブルの上にはチョコレートムースだけが残っていた。


「え、あの?」

「ルカさん、如何してもさっきのデザートが食べたければ、明日にでもソウマ君に習って来ますから。それまで待ってください」

「え?あ、ソウマが作ったのが気に入らないんですか?」


 他の男が作った料理を食べさせたくないと、アランが昼間言っていたが。ソウマ相手でも発動するのか。これはちょっと……かなり困る。話し合い案件が追加された。


 チョコレートムースで気分を落ち着けながら、再びアランと話した結果。ソウマが作った和菓子は規制なく食べても良い事になったのだが。


「ケイ君は駄目です。彼が作った物は、今後一切口にしないと約束してください」


 何故ソウマは良くてケイは駄目なのか。ルカは説明を求めたが、明確な回答は得られなかった。その代わりと言っては何だが、レストランや屋台でも、条件付きでの食事が認められた。


「私と一緒にいる時だけ、調理の最初から最後まで見て、私が食べても良いと判断した時だけです。ああ、冒険者ギルドで渡されるお菓子の類も、一度私がチェックしますからね。その場で食べずに持って帰ってください」


 規制が緩和された端から、別の規制が掛かった。そして水ようかんはルカの元に戻って来なかった。

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