86 味噌カツ丼と味噌田楽
今日の夕食は味噌カツ丼だ。カツは食事処で買ってストックしてあったコートレットを使うし、ご飯も昨夜の残りなので、作るのは味噌ダレだけである。はっきり言って手抜きだ。食後のアランとの話し合いに向けて、体力を温存するためだ。
だけど味噌カツ丼だけだと野菜が足りないので、味噌田楽も作ることにした。当然田楽味噌は味噌カツ丼の味噌ダレを流用だ。味噌味が重なってしまうが、たまには良いだろう。
「アラン先生、胡麻をすり鉢ですってもらえますか?」
「喜んで。これは何に使うんでしょう」
「甜麺醤と混ぜます」
味噌ダレは、甜麺醤をベースにすり胡麻と砂糖少々、それ等を和風出汁でのばす。材料を全て鍋に入れて火に掛け、弱火で温めながら混ぜればもう完成だ。地球だと電子レンジを使って更に簡単に出来る。誰か電子レンジを開発してくれないだろうか。
甘い甜麺醤に砂糖を追加したので、かなりこってり甘い味噌ダレになったが、ルカにはこれ位で丁度良い。味噌田楽にはこのまま使い、味噌カツ丼にはトウガラシを足した味噌ダレを掛ける予定だ。味噌ダレは多めに作ったので、半分以上がストックに回りそうだ。今度マヨネーズと混ぜてディップソースにしてみよう。
田楽には豆腐と白ナス、カブを使う。豆腐はこれぞ田楽の定形の短冊形に切り、白ナスは横に切って薄い円筒形に、カブは櫛型切りにする。フライパンで焼いていると、見事に白いなと気がついた。まあ良いかと気にしない事にする。
焼き目のついた豆腐と白ナスとカブを皿に盛り、味噌ダレを掛ける。地味だ。そこに、そっと焼いたアスパラガスが添えられた。
「このソースに合いそうだったので」
と、アランが追加で焼いてくれたようだ。白と茶色だけだった皿に、アスパラガスの緑がよく映える。やはり料理は見た目も大事だった。
そして主食の味噌カツ丼。深めの器にご飯、アランが切った針のように細い千切りキャベツ、コートレットと順に乗せ、味噌ダレをタラリ。温泉卵が欲しかったが、ストックしていなかったので断念した。暇な時に温泉卵をたくさん作っておこうと、ルカは決意した。
「じゃ、食べましょうか」
「はい、頂きましょう!今日もルカさんの料理は美味しそうです!」
アランと差し向かいでの食事は久しぶりだ。昨日まではユウキ達が居たし、今朝は独り、昼食はアランと2人だったがベンチに横並びだった。正面からニコニコと、常にじっと見詰められる中での食事は緊張する。
「あまり見ないで欲しいんですけど」
「ルカさんが美味しそうに食べている姿を見ていると、幸せなんです」
「食べ難いんですが……」
「でしたら私が食べさせてあげましょう!」
「ステイ!!」
思わず田舎で飼っていた犬への命令口調が出てしまった。アランが、遊んでくれると理解して突進してくる大型犬に見えたのだ。ルカにどら焼きちょうだいとねだる、ドラゴン便のドラゴンにも似ていた。ご飯はゆったり落ち着いて食べたい。羞恥心耐久イベントとか要らない。
「アラン先生、ベタベタするのは苦手だから控えてくださいって、お願いしましたよね」
「ええ、だから控えてますよ?出来ればルカさんを膝に乗せて臭いを嗅ぎながら食事したいですけど、我慢してますよ?」
料理の臭いを嗅ぐんですよね?そうですよね?
確認するのは怖いので、ルカは料理へと意識を逸らした。大皿で輝くアスパラガスに箸をつける。口に運ぶと、アスパラガスの仄かな甘みに味噌ダレのコクのある甘さが絡まって美味しい。ルカは特に、アスパラガスの穂先の柔らかな部分が好きだ。
アスパラガスを飲み下したら、味噌カツ丼の器を持ち上げる。カツとキャベツとご飯を一緒に掬い、口に入れる。温かいご飯の上で少ししんなりとしたキャベツが、噛むとシャキリと音を立てる。甘辛い味噌ダレはご飯が進む。肉の旨みやカツの脂と手を組んで、ルカの食欲をどんどん増加させる危険な奴らだ。
「本当にルカさんは、美味しそうに食べますねえ」
……味噌カツ丼に夢中になって忘れていた。食べる手が止まったルカに、アランが笑顔を曇らせる。
「これは失敗しました。黙って見ていれば良かったですね」
「いえ、それも気付くと恥ずかしいので。アラン先生、美味しそうに食べる女性がお好きなら、ユウキなんて如何ですか?」
「彼女には全く惹かれません。ルカさん、冗談でも私に他の女性を勧めるのは止めてください。辛くて死にそうになるので」
「ごめんなさい」
笑顔から一転、表情の抜け落ちたアランにルカは即座に謝罪した。ユウキを恋人に、なんて意味ではなかったのだが、そう取られても仕方がない言い方だった。申し訳ない。
「……ルカさん。私は傷付きました。癒やしが必要です」
「はい!何でも──は出来ませんが、出来る限りの事はします」
「偉いですね。気軽に何でもするなんて言うと、どんな目に合うか分かりませんから。気を付けてくださいね?もっとも、私に対して軌道修正は必要無かったのですが」
アランに対しては特に気を付けよう。人好きのする笑顔の裏で、どんな恐ろしい事を考えているか知れない。アランにとっては普通の愛情表現だとしても、ルカにとっては恥ずかしさで死ぬレベルになりそうだから。




