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84 愛妻?弁当

 天気が良いので外で食べようということになり、ルカとアランは連れ立ってギルドの訓練場へと向かった。何処に行っても注目されそうだったので、人目の少ない場所でご飯にしたかったのだ。訓練場では何人かの冒険者が体を動かしていたが、ルカ達を見るとそっと居なくなった。お昼時だし、きっと食事に行ったのだ、そうに違いない。


「わざわざお弁当を作ってくれたんですか?」


 訓練場の外周にあるベンチに落ち着いて、ルカはバスケットの中を覗き込んだ。弁当箱と水筒、オレンジが幾つか入っている。弁当箱はルカの持っている金属製の物と良く似ているので、屋台等で買った物ではないと推測した。当たっていたようで、アランがいそいそと弁当箱を取り出し蓋を開けると、おにぎりやコロッケが並んでいた。


「ルカさんの故郷には、アイサイ弁当という文化があるとハオランに聞きまして。愛する妻に愛情込めて弁当を作り、妻の職場まで届けて妻の周囲の男共を威嚇するのだと」

「所々間違ってます。そもそも愛妻弁当は、妻が夫に作るものですよ」

「細かいことは良いのです。どちらにしろ、夫婦の絆を見せつけるための物でしょう?」

「それも違います──まだ夫婦じゃないし」

「ほぼ夫婦ですから良いのです。さあ、食べましょう!」


 コロッケは海老のクリームコロッケで、まだ温かい。揚げたてかと思ったら、弁当箱に保温効果の魔法陣が刻まれていた。ルカの弁当箱と同じだ。店で彫ってもらった猫のマークまで同じである。


「あれ?これ、私のお弁当箱ですか?」

「はい。勝手に借りてすみません」

「それは構いませんが、これ家のキッチンに置いてたはずですけど」

「寮の守衛さんに頼んだら、鍵を開けてくれましたよ。帰ったら部屋の鍵を付け替えましょうね。合鍵は私さえ持っていれば充分ですよね?」

「いや駄目ですからね!」

 

 借家の鍵を勝手に付け替えたらまずいだろう。不満気なアランに、再度駄目だと釘を刺しておく。これはまた話し合い案件だろう。気が重い。

 だいたい、勝手に弁当箱を借りたことより、勝手にルカの部屋に入ったことを気にして欲しい。その辺りの基準が人と竜人とではズレているのだろうか。これも摺り合わせが必要だ。


「ルカさん、怒ってますか?」

「いえ……何というか、戸惑っています。アラン先生、この前から性格変わりましたよね」

「取り繕わなくなっただけです。ルカさんが何処までなら許してくれるか、境界線を見極め中です」

「ちょこちょこ踏み越えてますけど」


 カラフルなビタミンカラーに惹かれてフォークを突き刺したのは、スイスチャードのサラダだ。葉っぱはほうれん草に似ているが、茎の部分がオレンジ色や黄色の葉野菜を、軽く茹でてある。それをカリカリのベーコンと和え、マヨネーズと胡椒を掛けてあるようだ。口に入れるとほのかに舌が感じるのは。


「お醤油?」

「はい、隠し味程度ですが。よく分かりましたね」

「何となくです。これ美味しい!」


 次に手を出したのはおにぎりだ。ソフトボールくらいの、大きめで真ん丸いおにぎりには鶏そぼろが混ぜ込んであった。こちらも醤油で味付けてあるようだ。そして鶏そぼろの茶色とご飯の白色に混じって、黄色が見え隠れしている。


「玉子も入ってますか?」

「……実は、見よう見真似で卵焼きを作ろうとして失敗しまして。形はボロボロですが味は合格かなと、おにぎりに入れてみました。味見はしたのですが……」

「これも美味しいですよ。卵焼きは修練が必要なので、初挑戦だと大体失敗します」

「そうなんですか。ルカさんは簡単そうに作っていたので、舐めてました。おにぎりも、三角形だと歪になってしまったので丸くしたんですよ」


 話を聞いていると、辺境伯領からの帰り道で食べたおにぎり弁当を参考にして、頑張ってくれたようである。卵焼きも三角おにぎりも、綺麗に作るのは難しい。それでも挑戦し、更に手間の掛かるクリームコロッケを、ルカの好物の海老入りで作ってくれている。愛妻弁当ではないが、愛情込めて作った弁当なのは間違いない。


「ごちそうさま。どれも美味しかったです、ありがとうございます」

「ルカさんは美味しそうに食べてくれるので、作り甲斐がありますね。明日も持って来ます」

「アラン先生、明日はお仕事じゃないですか?」

「仕事は午後からですので。お昼ご飯は一緒に食べましょうね!」


 明日も愛妻弁当持参で男性陣を威嚇に来るらしい。そんな面倒な事をしなくても、ルカは全くモテないのだが。元々親戚の子どものような扱いだったし、アランと婚約したと知ると未婚男性には遠巻きにされているのだが。


 でも、無駄だから来るなとは言えなかった。アランとご飯を食べるのは、何だかんだ楽しいので。懸念があるとすれば、毎日アランの弁当を食べていたら太りそうなこと。料理の得意なアランの作った弁当は、美味しくて食べ過ぎてしまいそうなので。


「アラン先生、無理して毎日お弁当じゃなくて良いですから。食事処でも屋台でも良いんですし」

「ルカさん。私は他の男が作った料理を、ルカさんに食べさせたくないのです。アイサイ弁当は毎日届けます」


 竜人の独占欲は、こんな所にまで現れるのか。重い。胃にクる。

 これも早々に話し合わなければと、ルカはまた気が重くなった。色々重い。早々に対策を取らなければ、アランの愛情の重さに圧し潰されそうだ。

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