82 今まで通りとは
水炊きはとても美味しかった。しっかり鶏から出汁が出て、調味料をほとんど入れていないのにコクがある。まずはポン酢を付けずにそのままを味わったルカは、濃厚ながら優しい味わいにほっこりした。最近胃がキリキリするような案件続きだったので、胃に優しい食事は大歓迎だ。
器に1杯目を堪能した後は、ポン酢を使って2杯目に突入だ。丸一日近く何も食べていなかったので、お腹は空いている。薬味で味変しながら何杯もお代わりした。豆板醤を少しだけ加えたピリ辛のポン酢で食べるのが、ルカの好みに一番合致した。
「うん、豆板醤を入れたのが一番美味しいですね」
ルカが食べる手順をことごとく真似ていたアランの感想だ。彼自身も言っていたが、アランとは食べ物の好みがよく似ている。そしてこれもアランと同意見だが、味覚が合うのは付き合っていく上でとても重要だ。自分が美味しいと食べている物を『こんな不味いもんよく食えるな』なんて言ってくるような人とは、友達になるのも難しいとルカは思う。
もちろん人それぞれ好き嫌いがあるのは当然なので、何でも喜んで食べろという話ではない。ルカだって苦手な食べ物はたくさんある。ただ、好物を一口取られた末に、ウエーなんてわざとらしく顔を歪めるような相手とは仲良く出来ないだけだ。
その点アランは安心して一緒に食事が出来る。そしてユウキ達も。和食が恋しいだけじゃなく、共に食卓を囲むのが楽しいのも、ユウキ達との繋がりが続いている要因の一つだ。
「そろそろご飯入れても良い?」
「良いよ。皆も大丈夫?」
ユウキとソウマが雑炊作りに取り掛かった。ご飯は少なめで、シャバシャバした雑炊に直接卵が割り入れられた。火に掛け、時折卵の黄身が潰れないよう慎重にかき混ぜる。ご飯と混ざった白身が固まり、黄身の外側がうっすら白くなったところで、もっと火を通すか尋ねられた。ルカはその時点で完成とみなし、器に半分の雑炊と卵を入れてもらう。月見雑炊だ。
「ハァ……沁みる……」
「あっ、黄身崩れちゃった!」
「ワタシのと交換しましょうか?」
「大丈夫!ありがとマリナ!」
ハフハフしながらシメの雑炊を食べる。鶏出汁を吸って軟らかくなったご飯と、鍋に残っていた白菜の欠片。ぷるりと震える卵の黄身。それらを全て胃に収める頃には、お腹が温まって満腹感と幸福感で満たされた。
「美味しかったー」
「ごちそうさま」
皆が満足そうな笑顔で、食後のまったりとした空気に浸っている。今日はこのまま解散したい。色々と有耶無耶にしたい。水炊きの余韻をぶち壊したくない。
だけど、ケイが机の下でソウマの足を蹴っているのが見えた。ユウキとマリナもソウマを促すように、視線を送っている。ソウマは情けない顔をしても美形だなと、ルカはのんきな感想を持った。弱り切ったソウマの観察はちょっと楽しかったが、しかし短時間で打ち切られた。
「ルカさん。そろそろ私達の結婚について、皆さんに説明しておきましょうか」
「あの、結婚に関してはまだ保留──」
「あと半年程でルカさんは成人です。それまでを婚約期間とし、ルカさんに私を愛してもらえるように、2人で過ごす時間を多く取ろうと思っています」
肩を抱いて引き寄せられ、隣のアランに寄り掛かる格好にさせられた。人前でベタベタ禁止の約束を思い出してもらおうと、声を上げようとした口を手で塞がれる。
ソウマが青くなったり赤くなったりしながら、おずおずと確認する。
「それって、邪魔だからルカに会いに来るなって意味ですか?」
「そう聞こえたなら、そう取ってもらって構いません」
「違うから!今まで通り会いに来て!」
ルカはアランの手を外して訂正を入れる。昨夜の話し合いが全く反映されてないじゃないか。非難を込めてアランを睨み上げると、ポッと顔を赤らめられた。何故だ。竜人の心の機微が分からない。
「私が説明しますから、アラン先生は黙っててください!」
勢いに任せてアランから勝ち取った取り決めを並べてゆく。婚約はしたが、いつ結婚するかはまだ未定。仕事は続けるし、家も最低でも未成年のうちは、この寮を借りて住む。だからいつでも会いに来て欲しいし、異世界で和食を食べる会も続けたい。
「皆との付き合いは、この先もずっと続けたいと思ってる。全部今まで通りとは、いかないかもしれないけど」
「もれなく私が付いて来ますからね!」
「アラン先生、ユウキやマリナとは私が単独で会っても良いって話でしたよね?」
「その間私が寂しいんですが」
「……後でもう一度話し合いましょうか。とにかく、皆が嫌じゃなければ、これからも仲良くしてもらいたくて。駄目かな」
「駄目なわけ無いじゃん!」
ユウキが間髪入れずに言ってくれて、ルカは心底ホッとした。嬉しくてちょっぴり涙が滲んだ。
「ワタシもルカと会えなくなるのは嫌です」
「僕もだよ」
「……まあ、お前とは腐れ縁だからな」
「ケイ君、無理しなくて良いんですよ?」
「ルカ、本当にこの人で良いのか?かなり面倒くさそうだぞ、逃げるなら今のうちだ」
「逃がしませんけどね」
ケイは如何してこうアランに喧嘩腰なのか。嬉し涙が引っ込んでしまった。アランも大人気ないというか、何というか。
「ケイ、確かにアラン先生は想像以上に面倒くさい人だけど、ちゃんと向き合うって決めたんだ。だから逃げないよ、今のところは」
「ルカさん、嬉しいですけど手放しで喜べないです」
「ごめんなさい、でも今はこれが精一杯です」
アランに握られたルカの手を、ケイが無言で見詰めている。ルカは自分の言うべき事は言い終わったので、ケイの返事を静かに待った。アランの手に力が込められたので、握り返しておく。アランの気配がパアッと華やかになり、ケイが深々と溜め息をつく。
「……分かった。ルカが幸せなんなら、それで良いよ」
久しぶりにケイと目が合った。ルカが笑うと、ケイもほろ苦く、笑った。




