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81 水炊き

 ルカとアランとの話し合いは一晩中続いた。激しい攻防の末にルカが何とか最低ラインを死守した時には、夜明けを告げる鶏の声が聞こえていた。ぐったりしたルカは不覚にもそのまま眠ってしまったらしい。目覚めた時には既に夕方になっていた。


 幸いベッドには独りで、ルカはババッと自分の姿を確かめると、ホッと安堵の息を吐いた。シワが寄ってしまっているが、昨夜の服装のまま乱れてもいない。

 アランは2人で決めた約束事を守ってくれたようだ。成人前に結婚するのは嫌だと何度も何度も繰り返し訴えたかいがあった。ここが守れないなら婚約は無しだと、ユウキ張りに駄々をこねたのも効いたのだろう。


 そのユウキの声が扉の向こうから聞こえ、ルカはひどく驚いた。


「これどの位茹でれば良いのー?」

「1、2分かな。茹でこぼすだけだから」


 ソウマの声までする。もしかして皆居るのかと、ルカはベッドを下りてダイニングキッチンへの扉を開けた。


「あ、ルカさん起きましたか?」


 扉の傍にいたアランに捕まるが、恥ずかしいのでなるべく顔を見ないようにする。背中に圧を感じながら、ルカはダイニングキッチンに揃った仲間達を見回した。


「皆、何してるの?」

「夕飯作ってる。今日は水炊きだよ!」

「いやそうじゃなくて。昨夜遅かったのに、また来てくれたの?」


 昨夜寝室に移動する前に、アランが『さっさと帰れ』的な事を言って皆を追い出していたはずだ。ガチャンと玄関の鍵を掛ける音も聞いたから、帰って宿に泊まったはずだ。昨日の今日で、様子を見に来てくれたのか?

 しかしケイが、ブスっとした表情で白菜擬きを切りながら、低く言う。


「あの状況で帰れる訳ねーだろ」

「え、でも締め出されてたよね。まさか廊下で夜明かし?」

「ごめんねルカ。ケイが魔法で鍵を開けて、ここに泊めてもらったんだ」

「え、ここって」

「ここ」


 ソウマが床を指し示す。ダイニングキッチンに寝泊まりしたの?こんな狭い場所に?いやそれよりも、ずっと皆がここに居たのだとしたら、昨夜の話し合いも聞こえてた?途中で竜人あるあるが披露された時は、あんまりな内容に双方ヒートアップしてしまったけど、あれも聞かれてた?


「ソウマ、鶏肉如何すれば良い?」

「……そっちにぬるま湯入れたボウルがあるから。そこで血や滑りを落として」

「了解!」


 微妙な空気の中でもユウキは通常運転だ。ソウマの指示通り、ぬるま湯に軽く茹でた鶏肉を入れて洗っている。鶏肉は骨付きのぶつ切りだ。出汁が出るよう骨を断ってあるので、血の塊が付いていて、それをユウキは指で擦って取り除いている。


 ユウキに変わった様子がないからと、安心は出来ない。彼女は寝ていて何も聞いていなくとも、残る3人のうちの誰か1人にでも聞かれていたら、恥ずかしくて死ぬ。


「ええと、皆ちゃんと眠れた?」

「それなりに。え、気にするとこそこ?」

「遠回しに聞いても駄目ですよ、ルカさん。ソウマ君とケイ君は、昨夜の話し合いに聞き耳をたてていたんです。マリナさんが小声で窘めていましたね」


 マリナは鍋に具材を入れながら、聞こえない振りをしていた。昆布出汁に白ワインを少し足し、白菜、きのこ、豆腐と鶏肉を綺麗に並べている。


「アラン先生、気が付いてたんなら教えてくれれば」

「こっそり戻って来た皆さんを、また追い出すのも面倒だったので。それに全部聞かれていれば、後からあれこれ説明する手間が省けるかと。あと盗み聞きしたのがバレてルカさんに嫌われれば良いなと思いまして」

「それブーメランですよね。アラン先生も私とソウマの話を聞いてましたよね」

「ごめんなさいルカさん嫌わないで下さい」


 背中に張り付いたアランから逃れようと悪戦苦闘するルカ。人前でベタベタするのは禁止したはずなのに。文句を言いかけたルカの声を、ダン!と大きな音が遮る。ケイが骨付きの鶏もも肉を、包丁で真っ二つにしていた。


「ええと……昨夜の事は、ひとまず置いておきましょうか?」

「そうですね。せっかく食事を用意してもらっているので、先にご飯にしましょう」


 ルカが休戦協定を持ち掛け、アランが応じる。ソウマは胸を撫で下ろし、レモンの果汁を絞り始めた。醤油パックが近くにあるので、ポン酢を作るのだろう。ポン酢に加える薬味として、ポロ葱を刻んだのや生姜のすりおろし、豆板醤も準備されている。


 火に掛けた鍋がグツグツ煮え始めた。ユウキがいそいそと、シメ用のご飯を並べている。雑炊を作るとの意思表示だろう、生卵まで一緒に並べられている。


「水炊きのシメは雑炊だよね!」


 ルカが見ているのに気がついて、ユウキが同意を求めてきた。彼女の神経の太さには恐れ入る。敢えて空気を読まないユウキの振る舞いには、却って彼女の気遣いが感じられる。ルカはユウキに感謝しながら、明るく答えた。


「うん。うどんも美味しいけど、やっぱり雑炊だよね!」

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