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80 竜人と番

 ルカは考えた末に、最も無難な答えを選んだ。問題を先送りする事にしたのだ。


「少し考えさせて下さい」

「分かりました。では、『はい』と答えを頂けるまで、ここで待ちます」


 しかしルカの思惑通りにはいかなかった。しかも返答を限定されたので、より状況が悪化したとも言える。選択を誤った。アランはさっきよりも目が据わっていて、梃子でも動きそうにない。


「あの……何日か1人で考えたいので……」

「邪魔はしません。だからせめて一緒に居させてください」

「まさかここに泊まる気ですか?」

「ああ、女子寮に男性を泊めるのが禁止でしたら、私の家に引っ越して来てください。ルカさんの部屋も用意していますので」

「え?用意って、いつの間に?」

「家を買った時からです。冒険者ギルドに近い物件がなかなか無くて。普通の住宅は諦めて、仕方無く宿屋だった建物を買って改装しました。ルカさんの好みに合うような家具を揃えましたが、気に入らなければ取り替えますので」


 どう考えても1日2日で準備出来る事じゃない。この世界では、結婚を申し込む前に新居を整えるのが常識なのだろうか。比較対象が居ないから、まるで分からない。

 ウッカリそういうものなのか、と流しそうになったルカの脳内に、『竜人の常識は非常識』とのジャックの忠告が甦った。ルカは慎重を期して、アランに尋ねることにした。


「アラン先生、お家を買ったのはいつですか?」

「1年ほど前ですね」

「その頃って、まだ私、アラン先生と出逢ってないですよね」


 ハオランがアランを中華風スープの試食会に連れて来てから、3ヶ月くらいしか経っていない。だがアランの口振りだと、家を購入する時からルカとの同居を想定ていたように聞こえる。冒険者ギルドの近くで物件探しをしたのも、ルカの通勤を考えての事だと受け取れる。考え過ぎだろうか。

 けれどアランの顔色が悪くなり、ずっと見詰められていた視線が外された。怪しい。隠し事の臭いがする。


「もしかして、以前ウチのギルドの誰かとお付き合いされてました?」

「……は?え、違いますよ!何故そんな突拍子もない考えに至るんですか!?」

「他の女性と一緒に住むための家だったのかなと思って。何かの理由で実現しなかったけど、せっかく準備した女性用の部屋があるから私をそこに住まわせようとか」

「全然違います!想像力豊かなのは良いですが、有りもしない私の女性関係をでっち上げないでください!ルカさんにだけは、そんな男だと思われたくないです!」


 泣かれてしまった。さっきから穏やかで落ち着いた大人なアランの印象が、ガラガラ崩れまくっている。

 ルカは跪いたまま号泣するアランをベッドに座らせ、宥めながら背中を擦った。アランはボロボロ泣きながらルカに縋りつき、涙と共に延々竜人の特性とやらを垂れ流す。それによると、竜人は生涯ただ1人の番にしか惹かれないらしい。番に出逢うまでは別の者と恋愛したり結婚したりする事もある獣人とは、全く違うのだと力説された。番以外には興味も持てない竜人は、番に出逢うまで無味乾燥の人生を送り、番に出逢えなかった竜人は悲惨な末路を辿る。そのため番に対する嗅覚が異常に発達しているのだとか。


「ルカさんが転移してきて直ぐに、私はルカさんの気配に気づいて王都に出て来ました。突然番の気配が現れたので、最初は私の番は誕生したばかりの赤ん坊かと思っていたのです。だけどルカさんを見つけて、冒険者ギルドに雇用されたと知って、それでギルドに近い家を探したんですよ!」

「分かった、分かりましたから!ごめんなさい、さっきのは全面的に私が悪かったです!」

「早くルカさんに会いたかったのに、ルカさんの周りは有象無象がひしめいていて。その上私が王都に戻ったと知って、迷惑な害虫共が擦り寄ってくるし!それらを駆除するのに1年も掛かってしまったんです!あいつら潰しても潰してもワラワラ湧いてきて!」

「そ、そうですか、大変だったんですね」

「そうなんです!特にしつこい女がいて、それがルカさんに嫉妬してご迷惑を掛けたり危害を加えたりしないよう、粉々に叩き潰すまでルカさんに近付けなかったんです!私がルカさんを陰から見守るだけで我慢してたのに、あの女、店まで何度も押し掛けて来て!やっと国外に追い払ってルカさんに会えるようになったら、また王族がルカさんに手出ししてくるし!」


 相当溜め込んでいたのか、恨み辛みがつらつらと出るわ出るわ。そしてちょこちょこ気になるワードが差し挟まれてくる。王都外に居たらしいアランが、王都の冒険者ギルドに転移したルカの気配に気付いたとか。陰からルカを見守っていたとか。『鑑定士ルカのストーカー』とのアランの称号は、まさしく正しかったのだろうか。


「ルカさん、聞いてますか!?」

「はいっ、聞いてます!」

「ここまで苦労してルカさんを迎える準備をしたのです、私と婚約して家に引っ越して来てくれますよね?」

「いや、それはちょっと……」

「何故ですか!?私との婚約は嫌じゃないって言ってたじゃないですか!」

「え、もしかしてソウマと話してたの、聞こえてたんですか?」


 竜人は嗅覚だけじゃなく聴覚も発達しているらしい。なんてストーキングに適した種族なんだ。しかもちょっとヤンデレ臭がする。ヤンデレに番認定されるとか、逃げられそうにないじゃないか。

 ルカは腹を括ることにした。逃げられないなら仕方がない、与えられた環境を幾らかでもマシに出来るよう、交渉しよう。監禁は勘弁だ。


「アラン先生、婚約は一度了承した事ですし、受け入れます。だけど同棲はお断りします」

「そんな……嫌です一緒にいます離れたくないです」

「少しは譲歩してくれないと、私、本気で逃げなきゃいけなくなります」

「私から逃げるんですか?」

「今は逃げようとは思ってません。でもあまりに束縛されると逃げたくなるかもしれません」


 ここからは持久戦だ。ルカは最低限の希望を述べながら、ジャックが別れ際に叫んでいた諸々を思い出した。彼の忠告は正しかった。それだけは、ジャックに感謝しなければ。

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