8 和風出汁も欲しい
当面の目標を複製魔法の魔法書取得に定めた異世界で和食を食べる会。ひとまずユウキ達はレベル上げに勤しむと、経験値が稼げるダンジョンに出掛けていった。だがルカには当面出来ることが無い。希少職だが戦闘能力は皆無の鑑定士に、高難易度ダンジョン攻略での役割など有りはしないのだ。
張り切って出発した勇者ユウキ御一行様を見送って、ルカは仕方なく通常業務に戻る。醤油は使える目処が立ったが、味噌やその他の和食食材は未だ入手の当てが無い。ルカは出来ることをして吉報を待とうと決意した。冒険者ギルドに持ち込まれる物を鑑定し、探している食材と似た物がないか目を光らせるのが自分の役目だ。
そうしていつもと変わらぬ数日を過ごし、醤油パック発見の興奮が落ち着いた頃。ルカは独り、冒険者ギルドの厨房に立っていた。テーブルには3種類のキノコが、種類毎に分けて小さなボウルに入れられ、水に浸かっている。シメジっぽい外見のキノコと、赤いかさに黄色い柄のキノコと、丸っこくて椎茸の香りのするキノコだ。
キノコ達は天日干しでカラカラに乾燥させてあったのを、一晩水に浸けておいた。今日はこれらのキノコで和風出汁を取れるかの、検証である。
和風出汁を取る実験は数回目だが、前回まではことごとく失敗していた。和食に使われる出汁といえば鰹節、昆布、椎茸、いりこ、変わり種で鯖節やアゴ出汁なんてのもあって、種類が多い。だから1つくらい、この世界にも和風出汁が取れる食材があるだろうと楽観視していた。なのに、手当り次第に試してみた物は全滅。コンソメとかブイヨンみたいな洋風の味になるのだ。
普通に流通している食材はほぼ試してしまったので、今回は食用ではないキノコに手を出した。と言っても一般に食べられていないだけで、食べられないキノコではない。薬の材料としては使われているので、口にしても大丈夫な物だ。念のために毒が無いか鑑定もして、身の安全は確保している。
「さて、やりますか」
腕まくりをしながら、ルカは独りごちた。まずはシメジっぽいキノコからだ。キノコ本体は水から上げて、残った僅かに色のついた水を鍋に移し、火にかける。色味は椎茸の出汁に近い。ルカとしては、今回一番期待値の高いキノコだ。
「ああ、良い匂い」
温まり始めたキノコ出汁から、湯気とともに仄かに香るのは何故かカレーの匂い。シメジっぽい外見から何故カレーの匂い。生の時も乾燥させてもカレーのカの字も匂わなかったのに。
小さな気泡が出始めたら沸騰する前に火を弱め、そのまま温める。10分くらいで火から下ろしてボウルに戻し、次のキノコへ。
次の赤いかさに黄色い柄のキノコは、戻し汁がオレンジ色だった。同じように火にかけ温めると、今度は色が変わった。オレンジ色から赤、ピンク色へと変わり、沸騰直前には鮮やかな紫色になる。綺麗だけど、調理実習というより科学の実験みたいで、あまり食欲がわかない。
火から下ろすと冷めるに従って、紫色からピンク、赤を経てオレンジ色へと戻って、更に黄色くなった。熱を加えることで違う物質に変化したのか?不思議に思いながら、最後のキノコに移る。
椎茸の香りのするキノコの戻し汁は、温めても椎茸の匂いだった。嬉しくなって、弱火にかけたまま、いそいそと小皿を用意する。10分ほど火を通しているうちに白っぽい色になったが、匂いは椎茸の出汁だ。これで味も椎茸出汁なら十分和食に使えると、ウキウキしながら小皿にとって味見をしたのだが。
「……上湯スープか……」
残念ながら中華風味だった。惜しい、西洋からは離れたが、もうちょい足を延ばして欲しかった。
丸っこいキノコをスライスしていれ、溶き卵を加えて中華風スープに仕上げる。諦めきれずにもう一度味見をしたが、変化は無かった。美味しい中華風スープだった。美味しいんだけど、中華も好きだけど、求めているものではない。
気を取り直して、ボウルに入れて冷ましていた出汁も味見する。まずは変わらずカレーの匂いを放っているほうだ。小皿にとって口元に寄せると、ルカのお腹が盛大に鳴った。カレーの匂いってお腹がすくよねと、自分に言い訳する。誰もいなくて良かった。
「甘ぁーい、なにこれ、なんで!?」
カレーの匂いのする甘い汁、匂いと味がちぐはぐで思わず顔が歪む。しかも劇甘だ、砂糖と蜂蜜を混ぜて煮詰めたような、どろりとした甘さなのにスパイシーなカレーの匂い。
「これは駄目、無理」
水をガブ飲みして流し込み、中華風スープで口直しする。まだ残っている極甘出汁を見ないようにして、残った黄色く変色した出汁に目を移す。これも、口にするには勇気が必要だ。
「取り敢えず、鑑定しとこう」
鑑定結果は食べても問題ないようだったので、恐る恐る舐めてみる。カレー味だった……。
こうして今回の検証は、中華風スープとカレー風スープを完成させて、終了したのだった。