78 仲間だからね
後片付けもほぼ終わり、ルカが洗った皿を片付けていると。
「ルカ、ちょっと話せないかな」
ソウマが遠慮がちに声を掛けてきた。珍しい事もあるものだと思いつつルカが何?と軽く聞くと、ソウマは気持ちだけ声を潜めて言う。
「その……出来れば2人で話したいんだけど」
「ルカさんに内緒話ですか?」
背後からアランが割り込んで、ソウマがビクリと身体を震わせる。アランの声は感情を抑えているのに、いや抑えているからこそ不穏だった。それでもソウマは、顔を強張らせながらも引かなかった。
「大事な話なので、ルカと2人にして下さい」
「ルカさんにとって大事な話なら、私も聞く必要があります。婚約者なので」
「まだ正式な婚約じゃないですよね」
「私もルカさんも平民ですから、口約束でも正式な婚約です」
確か貴族だと国王陛下の許可を得て、神殿に届けを出さないといけないが──いや今は如何でも良い。
ルカは双方一歩も譲らないソウマとアランの仲裁に入った。
「あの、アラン先生。ソウマがここまで言うのは滅多に無い事なんで、2人で話をさせて下さい。後でアラン先生にも私から伝えますから」
「……良いでしょう。ですが必ず、一言一句話の内容を教えて下さいね」
「そこまでは自信ないですけど、善処します」
政治家の答弁のような言葉でお茶を濁し、ソウマをダイニングキッチンから続くバルコニーに押し出す。寝室の方に行こうとしたらアランに通せんぼされたので、方向転換した。洗濯物を干すだけのスペースしかないが、2人で並んで立ち話は可能だ。掃き出し窓を閉めて、ソウマに尋ねる。
「で、改まって話って何?」
ソウマは数秒だけ目を伏せていたが、すぐに意を決したように顔を上げた。
「僕はこういった話題が苦手だから、上手い聞き方が分からない。だから単刀直入に聞くけど、気に障ったらごめん」
「良いよ、何?」
「ルカはアラン様のこと、どう思ってる?」
ソウマに聞かれるとは思わなかった。突然降って湧いた婚約話に、仲間達は誰も何も言わなかった。あえて触れずにいてくれたので、油断していた。女同士でもなく幼馴染みでもない、こう言っては何だが一番関わりの薄いソウマが踏み込んでくるとは。
「ソウマが聞いてきたことにビックリだよ」
「だよね。僕も、この手の話は避けてきたんだけど」
「私も。人の恋愛話を聞くのはともかく、自分の話はした事無いや」
ルカにとって、恋愛関連の話題はずっと他人事で、自分とは関わりのない事だった。だから成長するにつれ『クラスの誰が好きか』なんて話題が増えて、『ルカは誰が好き?』と好きな人が居るのが当然のように聞かれるのが苦痛だった。
だがソウマも、ユウキやマリナ、ケイも恋愛話はほぼしない。唯一それっぽいのが、ケイが複製魔法を契約した時のあれ、その程度だ。だからソウマ達仲間と居るのは気が楽だった。
「ごめんよ、ルカ。でも、もしもルカが、アラン様との婚約や結婚に納得してないなら、逃げ道を作らなきゃと思って」
ソウマは柳眉をハの字にして、至極真面目な調子で言う。
「逃がしてくれるの?」
「難しいだろうけど、出来る限りの事はする。皆とも相談したんだ。ルカが幸せならそれで良いけど、安全と引き換えに人生を諦めるつもりなら逃がそうって」
「逃げられると思う?」
「全力で逃げても、成功確率は1割だってケイが言ってた。アラン様を敵に回すのは、正直怖いよ。だけど、ルカは僕達の仲間だからね」
「そんなセリフがさらっと出てくるところが、聖騎士様だよね」
「茶化さないで。で、如何なの?さっきの質問、まだ答えてもらってないよ?」
アランをどう思っているか。昨日からずっと考えているが、答えはまだ出ていない。深く考えないようにしていたツケを、一気に払わされているところだ。
アランは本物の勇者で、世界を救った英雄で、半竜人で、大人で、料理上手で、眼鏡男子で、褒め上手で……良い所しか思い浮かばない。好きか嫌いかの二択なら、間違いなく前者だ。だけど問題は、それがどの程度か、どの種類かが判別出来ないことだ。自分の気持ちも鑑定出来れば楽なのに。
「ルカ、これだけ教えて。アラン様との婚約、嫌?」
「嫌では、ない、と、思う、けど……」
自分でも情けなくなるほど煮え切らない答えになって、ルカは頭を抱えてしゃがみ込んだ。ああもう本当に、この手の話題は苦手なのだ。
ソウマがストンと腰を落とし、ルカの肩をトンと叩く。そしてアッサリと、
「じゃあ、暫くは様子見だね」
と言った。
「え、様子見?」
「うん。ルカ、まだよく分かってないんでしょ。まだ結婚まで時間はあるし、様子見で良いんじゃない?そのうち事態が変わる可能性だってあるし」
「そうか、そうだよね。アラン先生が考え直すかもしれないし」
「その可能性は無さそうだけどね」
「ソウマ、逃げ道潰さないでよ。逃げ道作ってくれるんじゃなかったの?」
ひとまず保留で良いらしい。ルカはホッとして力が抜け、しゃがみ込んでいて良かったと思った。また倒れる羽目になったら目も当てられない。
「様子見しながら、キチンと考えなよ。で、ハッキリ意思が固まったら、早めに教えて」
「うん。ありがとう」
「いや……あー、僕こういうの柄じゃないんだけど!何でここぞって時にいつもジャンケン負けるかなー!」
ルカに話をするのを誰にするか、ジャンケン勝負があったらしい。ルカは、ソウマが負けるべくして負けたのだと、こういうのは意外と相応しい人に当たるように出来ているのだなと、密かに得心した。




