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75 卵がゆ

 ルカが目覚めると、窓の外は既に明るくなっていた。頭が重い。カーテンを通して柔らかく降り注ぐ陽射しをボンヤリと眺めていると、カチャリと小さな音がして、人の気配が部屋に入って来た。ルカがまだ寝ていると思ってか、そっと静かに枕元に気配が近づく。寝返りをうって確認すると、ユウキとマリナが心配顔で見下ろしていた。


「ごめん、起こした?」


 謝るユウキに首を横に振って見せ、ルカが起き上がろうとすると、2人掛かりで押し留められる。


「駄目だよ寝てなきゃ。ルカ、まだ熱があるんだからね!」


 そうなのか。道理で意識がボーッとするはずだ。身体もだるい。ルカは起き上がるのを止め、身体の力を抜いた。


「私、ベッドに入った記憶が無いんだけど。いつから寝てた?」

「昨夜、王妹殿下と話したの覚えてる?途中でルカ、倒れちゃって」


 そういえば、王妹殿下が部屋に来て、何か話したような。確か謝罪されて、それから……あれは夢だったのだろうか。きっとそうだ、そうに違いない。

 マリナが濡らしたタオルを絞り、ルカの額に置いてくれる。冷たくて気持ちが良い。ユウキが、朝食も無事に済んだこと、王妹殿下が既に出立されたことを教えてくれる。ユウキ達も普段通りだし、あの事について何も言わないし、昨夜の遣り取りは途中から夢だったのだ。どこから?


「ルカさん、目が覚めましたか?」


 しかしアランが部屋に来ると、ユウキが明らかに挙動不審になった。マリナにサッと目配せし、そそくさと席を外そうとする。ルカが思わずユウキの手を掴むと、困ったように眉を寄せてオロオロした。


「ユウキさん、マリナさん、ルカさんと2人にして貰えませんか?」

「は、はいっ!」

 

 行かないでー、2人きりにしないでー!


 ルカが目で縋るのを振り切って、ユウキ達は部屋から出て行ってしまった。薄情者!2人の後ろ姿を恨みがましく見送っていると、視線を遮断する位置にアランが腰を落ち着ける。にっこりと微笑み掛けられて、ルカの体温が上がった気がした。


「ルカさん、お粥を作ってみたのですが。食べられますか?」

「……はい」

 

 起き上がろうとするのを、また押し留められた。アランがお粥をスプーンで掬い、フーフーと冷ましてからルカの口元に運ぶ。


「あの、自分で食べられますから」

「この位させて下さい。婚約者なのですから」

「……」


 夢じゃなかった。口元から動かないスプーンに根負けし、開けた口にスプーンがそっと差し込まれる。卵粥だった。昆布出汁に、ほんのり生姜が効いている。

 アランが次の1匙を掬う。冷めたか確認するためだろうが、スプーンに乗ったお粥に唇を付けないで下さい。それを躊躇なく口元に持ってこないで下さい。


「ルカさん、はい、アーン」

「あの──」


 少々強引に、口に押し込まれる。顔が熱いのは、きっと温かい物を食べたせいだ。生姜の体温上昇効果が発揮されたせいだ。

 しばらくはお互い無言で、卵粥を食べ、食べさせる。居たたまれない。ルカは何も考えないようにして、口だけ動かし時が過ぎるのを待った。


「全部食べられましたね。食欲があれば大丈夫です。疲れが出たのでしょう、今日はゆっくり休んで下さいね」

「ありがとうございます。ごちそうさまです」

「美味しかったですか?」

「はい」

「良かった。食べ物の好みが合うかどうかは、一緒に暮らす上でとても重要ですからね。その点ルカさんと私はバッチリ相性が良いですよね」


 ちょこちょこ爆弾を投げてこないで下さい。体調が悪いのを考慮して、もっと手加減して下さい。

 もそもそと布団に潜り込み、ルカは半分以上顔を隠した。それを見てアランが苦笑する。


「ルカさん。婚約については王妹殿下の早とちりです。国王陛下に苦言を呈した時の言葉が、誤解を与えてしまったようで」

「そう、ですか」

「ですが都合が良いので、このまま婚約した事にしませんか?そうすれば厄介事は減るでしょうし、私も堂々とルカさんを守れます」

「あの、昨夜王妹殿下が仰っていたことは」

「全て事実ですよ。第二王子と結婚したかったですか?」

「まさか!顔も知らない人と結婚なんて無理ですし、王族とか住む世界が違い過ぎて考えられません」

「良かった。王族が、何があってもルカさんを守ってくれるかは、正直微妙なところですからね。帝国絡みでルカさんが狙われていた時も、王家の影達は見ているだけでしたし」

「ええと……王家の影?さん達は、何で私を見張ってたんですか?」


 小説とかだと、王家の影は王族の警護をしたり、不審人物を探ったり、重要な役どころだ。現実では違うのだろうか。


「そうですね……所在確認と、ルカさんの能力や人品把握、それに王宮に引き込むための材料探しといったところでしょうか。ルカさんに何かあれば、冒険者ギルドや『光の片翼』の不手際をあげつらい、王宮に保護という名目で囲えますから」

「うわあ」

「嫌でしょう?王宮とはそんな場所です。でも私と婚約、結婚してしまえば阻止出来ます」

「そこに戻るんですね……」


 ルカには何の力もない。自分で自分を守るのは限界があるので、誰か、または何処かの庇護を受けるのは仕方がないと割り切れる。だけど婚約とか、まして結婚となると。


「ルカさんを守るのに、私との結婚は効果的ですよ。これでも元勇者ですからね。名前も実力も知られている私の妻になれば、下手な手出しはされません」

「でも、そこまでご迷惑を掛けるのは」

「迷惑だなんて思っていません。私にも利がある話なのですよ。ですから試しに、私と婚約してみませんか?」


 ルカと婚約することで、アランにも利がある。どんな利益があるというのか。仮でも婚約者がいれば、縁談避けになるとか、そんな所だろうか。

 熱でボンヤリする頭では、きちんと考えが纏まらない。だけど双方にメリットがあるならば、そう悪い話ではないような気がしてきた。結婚はともかく婚約なら、しかも相手はアラン、ルカにはもったいない話だ。


「ルカさん、私と婚約して下さい」

「……はい」


 頷いてしまった。アランが破顔し、それはもうニコニコと礼を述べる。眩しい。

 また熱が上がってきたのだろう、視界がぼやける。ルカは目を細め、そのまま目を閉じ、ゆっくりと眠りに落ちた。

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