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晩餐会が無事に終了し、後片付けも済んで部屋でのんびりとしていると。コンコンとノックの音がして、廊下からアランの声がした。
「こんな遅くにすみません。ルカさん、ちょっとだけ時間を貰えませんか?」
扉を開けるために立ち上がったルカを、同室のマリナが手で制する。ルカをその場に留めて、マリナとユウキが顔を見合わせた。マリナがユウキに向けて手を翳し、何か呟く。ユウキが一つ頷いて、扉を開けに席を立った。
扉の前に居たのはアランだけではなかった。どう見ても貴族という出で立ちの女性と、護衛らしき格好をした男が一緒だった。
「アラン様、その方達は誰ですか?」
「王妹殿下と護衛騎士です。王妹殿下が、如何してもルカさんと話したいと仰って」
「この部屋は男性入室お断りです。王妹殿下だけなら入ってもらっても良いですけど」
さっきまでソウマとケイも居たのだが、彼らは男性に含まれないらしい。アランが王妹殿下らしき女性に目で問うと、返事より先に護衛騎士が異を唱えた。
「殿下をお一人に出来るはずが無かろう!非常識な」
「こんな時間にいきなり女の子の部屋に押し掛けて来る方が、非常識だと思いますけどねー。じゃ、おやすみなさーい」
「待って!ワタクシだけで構わないわ!」
さっさと扉を閉めようとしていたユウキが、振り返ってルカを見る。ルカは正直に言うとお帰り頂きたかったが、王妹殿下を追い返す訳にもいかない。アランが案内して来たのだから少なくとも危険は無いだろうと判断し、ユウキに頷いてみせた。
「それでは、王妹殿下だけ、どうぞ」
マリナがまた何か呟いた。どうも部屋に張った結界を調整しているらしい。王妹殿下が入室したのに続いて部屋に入ろうとした護衛騎士が、ボヨンと廊下に弾き出される。部屋を覆う結界は、ゴムボールのように弾力があるみたいだ。
「ルカさんは、どちらに──あら!」
突然姿を現したルカとマリナを、王妹殿下は目を丸くして見比べた。まだ一人ひとりの結界は張ったままだが、音と視界の遮断だけが解除されたのだ。
「私がルカです、王妹殿下」
「そう、貴女が。あらまあ」
興味深そうに、というより好奇心の趣くままじろじろと、全身眺め回される。王妹殿下は楽しそうだけど、ルカはとても居心地が悪い。
「で、ルカに何の用ですか?」
ユウキがルカを庇うように間に割って入ってくれた。有り難いが、不敬だと怒られないだろうか。さっきからユウキの態度は失礼スレスレだ。怖いもの知らずにしたって限度がある。
けれど王妹殿下は気にした風もなく、そうね、と笑って言った。
「ルカさん、それにユウキさんとマリナさんね。まずはお礼を。晩餐会の料理、とても美味しかったわ」
「恐縮です。ですが私達は少しお手伝いをしただけですので」
「そうだったわね、でも、どれも本当に美味で。明日の朝食も期待しているわ」
明日の献立は、ハニートーストの豆腐アイスクリーム添えと、トマトたっぷりのミネストローネ、温野菜サラダのチーズソースの予定だ。全て調理済みでアランの異空間収納に入っているので、ルカ達の出番は終わっている。
お任せ下さいとか、ご期待に添えるよう最善を尽くしますとか言うべきだろうか。曖昧な笑顔で考えているうちに、王妹殿下が続ける。
「それで、ここからが本題なのだけれど。これはあくまでも非公式のものだと、まずは断っておくわ」
王妹殿下はそう前置きして、一度背筋を伸ばし、次いで深々と頭を下げた。
「ルカさん、これまで王家が行ってきた数々の非礼、兄夫婦に代わってお詫びするわ」
「え、あ、あの!?」
「王家は二度とルカさんに手出ししないわ。我が国の貴族にも徹底させる。だから、これまでの事は水に流して貰えないかしら」
「いえ、水に流すも何も、特に何もされてないと思うんですが!それよりも頭を、頭を上げてください!」
「あら、甥っ子──第二王子と結婚させようとしたり、王宮に囲い込もうとしたり、王家の影に見張らせたり、色々やらかしてるはずだけど。ルカさんには気付かれないよう処理してるのね。アランてば、思った以上に過保護だわ」
頭を上げた王妹殿下の目がキラリと光る。つい今しがたの殊勝な様子は何処へやら、ますます楽しそうに声が弾む。切り替えの早さと情報量の多さに、ルカはちょっとついて行けない。
「そうそう、ワタクシとアランの婚約話については聞いているかしら。昔の話だし、一瞬で立ち消えになったから、気にしないでちょうだいね。そもそもワタクシはガッチリしたマッチョが好みなのよ、うちの旦那様みたいな。アランもワタクシだけじゃなく、他の縁談どころかどんな女性にも靡かなかったし。だから安心して嫁ぐと良いわ」
「あの、ちょっ、待ってください!嫁ぐって何ですか!?」
「あら、貴女、アランと婚約したんでしょう?」
情報量がルカの脳の許容量を超えたらしい。しかも先程から処理能力が追いつかず、オーバーワーク気味だったこともあり、ルカの脳は負荷に耐え切れずシャットダウンした。
「あら、ルカさん?」
「え、ルカ!?」
慌てたユウキの声が遠くに聞こえ、戸口へと走るマリナの姿を視界の隅に映したのを最後、ルカの意識はプツリと途絶えた。




