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72 晩餐会前半戦

 王妹殿下が辺境伯領にやって来た。王家直属だというドラゴン部隊が隊列を組んで飛ぶさまは圧巻で、ルカは厨房の窓から見物しながら思わず拍手をしたほどだ。館の上を横切って平地に降りたドラゴンは10頭ほど。ルカ達が乗って来たドラゴンより小振りだが、揃いの鎧兜?を装着した立派な騎竜だ。


 魔王国への使節団は、王妹殿下をはじめ書記官、文官、護衛騎士、侍女などの20人だという。王妹殿下と書記官以外の人達は、例のシェフと辺境伯家の使用人が歓待するらしい。ルカ達が用意するのは4人分の晩餐なので、量はそう多くはない。だけど責任は桁違いに多いので、気を引き締めて料理に取り掛かった。


 まずは前菜。見た目に鮮やかなカプレーゼと、野菜寿司の盛り合わせにした。寿司を前菜にするのは如何なんだ?との意見もあったが、欧米だとお米も野菜だよねと強行した。単にルカが、お寿司を普及させたいだけなのだが。

 カプレーゼは、トマトとチーズとバジルを組み合わせたイタリアンなサラダだ。ミニトマトに切り込みを入れ、チーズとバジルを挟んでオリーブオイルを掛けた。

 野菜寿司も、カプレーゼと同じくらいの一口サイズ。リンゴ酢の酢飯に、キュウリの薄切りをぐるりと巻いたものと、ビーツという中まで赤い蕪みたいな野菜を薄切りにして巻いたものを準備。軍艦巻きのようにして、上にチーズや野菜を飾り切りして乗せた。マリナの器用さが遺憾なく発揮された、可愛い野菜寿司になった。


「すごーい!写真撮りたい!」

「ほんと器用だよね!食べるのもったいないよ!」


 などとべた褒めしながら、お次のスープ作りに移る。スープは出汁に塩胡椒で味付けたシンプルなものにした。具材はひよこ豆豆腐とほうれん草、キノコ類だ。前菜と比べると見た目が地味だが、まずは豆腐を知ってもらうために、あえて手を加えなかった。

 だがしかし工夫は凝らしている。スープは昆布擬き出汁と、ボウルマッシュルーム出汁の合わせ技。具材のキノコは一旦冷凍して、旨味をアップさせている。味で勝負の一品だ。


 そして、次は魚料理の代わりの麻婆豆腐。ルカとしてはこれがメインだったりする。何故ならば。


「アラン先生、味見してみます?」

「いえ、見た目と匂いだけで、十分凶器になってますから」


 ルカがこれでもかと豆板醤を入れ、更に唐辛子を追加した麻婆豆腐。フライパンの中でグツグツ煮立っている様子は、ドロリとした暗い赤色も相まって、血の池地獄を思わせる。この世界に地獄があるかは知らないが、ジャックを激辛地獄に叩き落とすための料理だ。王妹殿下の料理担当なんて苦行を強いられたのだ、この程度の仕返しは赦される。


 もちろんジャック以外の3人の麻婆豆腐は、甜麺醤(てんめんじゃん)が多めの甘口だ。挽き肉を入れていないので厳密には麻婆豆腐と呼べないかもしれないが、先に豆腐を塩茹でして形崩れを防ぎ、調味料の配合も研究した。肉が無くても美味しい麻婆豆腐になっている。


「うおっ、見るからに辛そうだな!」


 今日は配膳係として、辺境伯家のお仕着せを身に着けたケイ。激辛麻婆豆腐をひと目見て、顔を引き攣らせている。ジャック夫妻への給仕を担当しているケイは、甘口麻婆豆腐と激辛麻婆豆腐を一皿ずつ手に取った。


「絶対に間違えないでね」

「大丈夫だ。色も違うし、刺激が目にくるから間違えようがない。これどんだけ辛くしたんだ?」

「味見してないから分かんない。豆板醤は10倍くらい入れたかな」

「げ、それ食えるのか?」

「食べるしかありませんよ。さあ、持って行ってください。後でジャックがどんな様子だったか、聞かせてくださいね!」


 晩餐会の主催であるジャックは、激辛麻婆豆腐を完食するしかないのである。どんなに(から)くて(つら)くても、王妹殿下の前で吐き出すことなど許されない。しかも残すことも出来ない。晩餐会には自領の特産品をアピールする意味もあり、辺境伯領の食材が使われた料理を残すのは、自領の特産品を食べる価値なしと言っているようなものなのだとか。


 しばらくして戻って来たケイは、何だか感動したような顔をしていた。


「あの人すげーな、尊敬するわ」

「ジャックは全部食べ切ったんですね?」

「ああ、しかも笑顔で。ダラダラ汗かきながら、それでも水も飲まずに完食したよ」


 ケイが下げてきた皿は、確かに綺麗に平らげられていた。思ったほど辛くなかったのかと、ルカはフライパンに残っていた激辛麻婆豆腐をスプーンで掬って食べてみた。後悔した。


「ゲホッ、ゴホッ!」

「ルカさん!」


 アランが渡してくれたコップから水をゴクゴク一気飲みしたが、そんなものでは治まらない。舌が痛い、口の中どころか喉と鼻の奥までがヒリヒリ焼け付くようだ。これを全部食べ切ったのか。凄い、確かにこれは尊敬に値する。


「……ジャックさんて、実は凄い人なんですね」


 ケイが運んで行ったソルベの残りで口の中を冷やし、やっと落ち着いたルカはしみじみと言った。


「あんなのでも私の仲間ですからね」


 答えるアランが自慢げで、ルカは世界を救った英雄達の絆の強さを感じ、胸が温かくなった。よし、改めて、晩餐会が成功するように料理を頑張ろう。

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