7 幻の複製魔法
「ワシが知ってるのは、レイスキーって伝説の大賢者が使っていた魔法だ。対象と全く同じ物を創り出すもので、複製魔法と呼ばれている。かなり使用条件が厳しい上に、賢者か大賢者の職業についてないと契約出来ない。ここ300年程は使い手が見つかってもいない、幻の魔法だ」
ギルドマスターの説明に、全員の視線がケイへと集中する。ここに居ますよ賢者様。ギルドマスターも、軽く頷いている。
「ああ、第一関門は突破だな。次の関門は魔法書の入手だ。これも入手出来るダンジョンは分かっているんだが、難易度が高いし最深部まで潜らないといかん。まあ、お前等ならもうちっとレベルを上げれば何とかなりそうだがな」
「どのランクのダンジョンですか?」
「Sランクだが、特殊個体が出やすいんで注意が必要だ」
Sランクダンジョンは、ランクで言えばSSランクの下、最高難易度に次ぐダンジョンだ。だが勇者を始め賢者に聖騎士、聖女まで揃っているユウキ達のパーティーならば、踏破するのも可能だろう。
彼女達はこの1年で、かなり実力を上げて場数も踏んでいる。和食の材料となりそうな物の噂を聞けば、どんな辺鄙な場所にでも出掛けて確認してきたからだ。醤油も味噌も他の和食の材料も、一般に知られていない時点で都市部や王都周辺には存在しないと踏んで、未開の地を重点的に捜索してきた。そういった場所のモンスターは他所より強いので、必然的にレベルも上がっている。
「だがな、複製魔法の魔法書を手に入れた者は、この300年にもちらほらいるんだ。問題はその先だ。複製魔法を契約するには、人としての尊厳を捨てなきゃならんらしい。魔法契約が最大の難関だ」
この世界の魔法は、魔法書と呼ばれる書物を読むことで使えるようになる。魔法毎に違う魔法書があり、それらを音読することで魔法契約が成立し、魔法を使うための準備が整うのだ。
当然強力な魔法になるほど契約するのが大変になる。魔法書を読む場所に条件がつけられたり、音読する内容がとてつもなく長くなったり、古代語で書かれていて発音が難しかったりと、様々なパターンがあるらしい。だが人としての尊厳を捨てるとは、具体的に何をすればいいのか。
皆の視線が再びケイに集まった。
「俺、人間辞めなきゃいけないのか?」
「だったら単に、人であることを捨てるとか言わない?」
「裸で読めとか、そんな条件でもつくのかな」
「ギルドマスター、詳しいことはご存知ないですか?」
「知らん」
なにしろ幻の魔法と呼ばれるほど珍しい魔法だから、情報が少ないのも仕方がない。それでもギルドマスターは、複製魔法について知られていることを、出来る限り教えてくれた。生き物には使えないこと。1個の物を2個に増やせるだけで、10個とか100個とか、何倍にも増やすことは出来ないこと。その代わり、材料となるものや媒介となるものは不要であること。
「材料が何も必要ないってのは凄いね」
「そうだな、無から有を生み出すってことだもんな」
異世界って凄い。魔法って不思議。物理法則とか関係ないとばかりに、元いた世界の常識を覆す。
「醤油を増やすのにピッタリじゃないか?」
「うん、大豆も麹も準備しなくて良いんだもんね!このお醤油さえあれば、ケイが魔法で増やせるってことだもんね!」
「おい、俺はまだ複製魔法を習得するなんて言ってないぞ!」
「「「「しないの!?」」」」
ケイ以外のメンバーの声がハモる。ケイが顔を顰めて眉間にしわを寄せる。
「お前等な……。俺の尊厳より醤油が大事か」
「う……ごめん、でも生姜焼き食べたくて」
「ケイに負担を掛けるのは申し訳無いですけど、ワタシも煮魚が恋しいんです」
「僕も卵かけご飯が……もし裸で読むことになっても、部屋で1人でなら平気なんじゃないかな」
「大丈夫、ケイの裸なんて誰も見ないよ!」
「お前らなぁぁぁぁぁ!!」
ユウキのうっかり発言のせいでケイがへそを曲げてしまい、宥めるのが大変だったが、何とか複製魔法の魔法書を取りに行くことで話が纏まった。契約するかどうかは、実際に契約のための条件を確認してから、ケイの意思を尊重するということで話がついた。
だがしかし、ケイを除く全員の意識は既に、醤油を使った和食作りに飛んでいた。めいめい好き勝手に食べたい物を並べ立てる仲間達に、ケイが怒鳴る。
「最初は刺し身に醤油で決まってるだろうがぁ!俺が一番大変なんだからな、俺が食べたい物を最優先にしてもらうからな!」