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69 天ぷらは作るのが大変

「ねー、何か和食っぽいもの作ろうよー」


 辺境伯領に来て1週間、晩餐メニューも決まって緊張が若干弛んだせいか、ユウキがそんな事を言い出した。豆腐作りと豆腐尽くしに飽きたのもあるのだろう。ルカも豆腐料理に飽きてきたところだったので。


「お前、今朝も出汁茶漬け食ってたろ」


 ひよこ豆をゴリゴリ摺りながら言うケイの顔には、またコイツ我儘言ってるな、と書いてある。だがケイ自身も豆腐に飽きてきているのは、作業効率の低下に如実に現れていた。全体的に中弛みしているのだ。毎日ほぼ厨房に篭って料理ばかりしていれば、気分がダレてくるのも仕方がない。


「和食かー、醤油無しで作れる和食……またお寿司でも作る?」

「米酢じゃないと、おしいお寿司止まりじゃん!なんちゃってじゃない和食が食べたいの!」

「そう言われてもなー」


 ルカはおからクッキーの生地を混ぜながら、今ある材料で何か作れないか考えた。醤油も味噌も使わない和食で、和食といえばこれ!みたいな定番メニューで、ついでにこちらに来てからまだ作っていないもの……。


「あ!天ぷらは?」

「良い!天ぷら食べたい!」


 他のメンバーはそこまでこだわりが無いので、ユウキが納得さえすれば決定だ。本日の夕食は天ぷらになった。揚げ物は1人で作るには面倒だし後始末も大変なので、後回しにしていた。そのためこの世界での初天ぷらである。


 さて、天ぷら作りで一番重要ともいえる衣作りを、ルカは仰せつかった。天ぷらをサクサクにするには、衣の材料を全て冷やしておかなければならない。衣の基本は卵、水、小麦粉だ。卵の代わりにマヨネーズを使ったりもあるが、今日は基本の3つを用意した。


「ケイ、これ魔法で冷やせないかな?」


 用意した材料を示してケイに尋ねると、あっさり頷いて冷風で冷やしてくれた。ついでにと氷も出してくれる。冷蔵庫要らずだ。


「ありがとー。やっぱり魔法使えると便利だよね。氷魔法だけでも使えるようになれば、アイスとかゼリーとか何時でも作れるのに」

「俺らがいる時に作ってストックしとけば良いだろ」

「アイス!?アイスの天ぷらも作るの!?」

「それはちょっと難しいかなー」


 そもそもアイスクリームを作っていない。コース料理のためのソルベ──果汁とリキュールを混ぜて凍らせた、シャーベットに似た氷菓──は何種類か作ってストックしたが、それは王妹殿下の晩餐用だ。だがアイスクリームも食べたくなったユウキは、ケイを巻き込んでアイスクリームを作るつもりのようだ。


「アイスが出来てもアイスの天ぷらは作れないからねー!」


 一応釘を刺しておいてから、ルカは天ぷらの衣作りに戻った。まずボウルに卵を割り入れ、冷水を加えてよく混ぜる。ここはしっかり混ぜた方が良い。それからふるった小麦粉を入れて、今度は軽く混ぜる。ここは混ぜすぎると粘りが出てしまい、サクサクにならない。小麦粉のだまが残っているくらいで丁度良い。この作業を、氷水で冷やしながら行った。


 ルカが衣を用意している間に、マリナとソウマが具材の準備をしてくれている。マリナはカボチャやジャガイモ、キノコ類、ルカの注文でブロッコリーを準備。ソウマは半熟卵を作った後は、延々海老の下拵えをしていた。晩餐用に大量の海老を買ってきたのだが、使えなくなったので大放出だ。ルカも海老の天ぷらは大好きなので、ここぞと使うことにした。


 後はひたすら揚げる作業を繰り返す。油の温度は170度、衣を落として確認する。途中まで沈んで浮かんでくれば適温だ。3つの鍋で同時に揚げる。ルカはキノコとブロッコリーの担当になった。


「ブロッコリーの天ぷらって初めて見るネ」


 ハオランは天ぷらを食べたことがあるそうだ。地球にいた頃日本に旅行に来て、京都で食べたらしい。


「家で天ぷらする時の定番だったんです。甘みがあって美味しいんですよ」

「それは楽しみアル」

「私も楽しみです」


 アランは天ぷら自体が初めてだ。調理過程を興味深く観察しては、細々とメモを取っていた。相変わらず研究熱心だ。海老の下拵えが特に気になったらしく、ソウマに質問しながらイラスト付きで注意事項を記入していた。

 天ぷらの海老は下拵えが大変だ。1匹ずつ背ワタを取り、腹に切り込みを入れ、尻尾を切って水を出す。そうしないと揚げた時に油が跳ねるのだが、ソウマが丁寧に処理していたため、海老天も順調に揚がっている。


「ルカ、そっち終わったら卵をお願いしていいかな?海老がまだ終わりそうにない」

「分かった。これどのくらい揚げれば良い?」

「衣に火が通れば良いよ。揚げ過ぎると半熟じゃなくなるから」


 ソウマが担当する海老はまだ山と積み上がっていて、半熟卵には全く手が付けられていなかった。半熟卵の天ぷらはうどん屋さんで食べたことがあるが、作った事はない。責任重大だ。

 菜箸では難しそうなので、お玉で掬って油の中に衣を付けた卵をそっと沈める。少し浮いてきたところでお玉を引き上げ、すくい網に持ち替える。卵に薄く付けた衣が色付いてきたら、またそっと掬ってバットへ。不安なので自分のぶんということにして、食べてみる。


「……うん、大丈夫かな」

「あ、ずるいー!アタシも揚げたて食べたいー!」


 ユウキが目敏い。反対側でアイスクリームを作っていたはずなのに、いつの間にか隣りに居た。


「ルカ、それ味見用で良いからね。数は足りるから」


 だからユウキにも食べさせて、とのソウマの意を汲んで、卵の天ぷらの残り半分をユウキに渡す。トロリとした黄身を啜るようにして、ユウキが口に入れ、満面の笑顔になる。


「おいひー!」


 これで良いとの自信を得て、ルカは残りの半熟卵も慎重に揚げていった。卵の天ぷらが揚げ終わる頃には、海老の山も海老天の山になっていた。ルカはソウマと目が合って、無言で互いの健闘を讃え合った。

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