68 あれも駄目、これも駄目
王妹殿下の食事を一手に引き受ける事になったアランの助手として、ルカは辺境伯家での日々を過ごしている。料理の試作には別棟の調理場を使わせて貰えることになり、初日以来ジャックにもあのシェフにも関わらずに済んでいた。マリナの結界のお陰である。
そのマリナとソウマは、共にアランの助手として料理を手伝ってくれていた。手先の器用なマリナとデザートに造詣が深いソウマは、豆腐料理の改善案も積極的に出してくれる。皆で助け合って美味しい料理を完成させるのは、とても楽しい。完成した料理を食べるのが王妹殿下だと思い出す度に、胃痛がぶり返すけれど。
ユウキ、ケイ、ハオランは豆腐作り担当だ。ここで試作に使うぶんだけでなく、自分達のストック用に大量の豆腐を生産している。ユウキが甜麺醤のスープを気に入ったからだ。お豆腐の味噌汁とは少し違うが、八丁味噌と似た風味が好みに合致したらしい。毎朝自分が飲む甜麺醤スープのために、ユウキが率先して豆腐作りに励んでいる。
この様に戦力は申し分ないのだが、王妹殿下の晩餐に出すメニューを決めるのは、当初の予測よりも難航していた。一番の難点は王妹殿下その人ではなく、同席するウルシュラだ。彼女が肉類を食べられないのは聞いていたが、本人に確認したところ、魚貝類や卵も駄目だと判明。けれど彼女にだけ別の料理を出す案は却下された。料理についても話題に上るだろうから、出来る限り同じように、特に見た目には違いが分からないようにしないといけないらしい。
「マヨネーズが使えないのは痛いよね」
「ウスターソースも駄目かー。あれ原材料にアンチョビ使ってあったみたい」
肉や魚そのものでなければ大丈夫かなと思ってウルシュラに試してもらったが、結果は惨敗。気持ち悪くなって吐いてしまったようで、申し訳無い事をした。
この世界のウスターソースはイギリス風の、アンチョビが使われた物だった。日本のソースにはアンチョビ無しの物もあったが、それでも肉や魚のエキスが皆無の物は珍しいとマリナが言っていた。彼女の大好きなオタフ○ソースにも肉エキスやオイスターソースが使われているのだそうだ。
「ソースを手作りって出来るのかな」
「ケチャップに醤油を混ぜればそれっぽくなりそうだけど……醤油解禁する?」
「止めた方が良いですよ。王妹殿下は鑑定が出来ますので」
「え、そうなんですか?」
アランが言うには、自分で鑑定が出来るからこそ、王妹殿下は毒見役を付けず外交が出来る王族として重宝されているらしい。伯爵家という王族が嫁ぐには爵位が足りない家に降嫁出来たのも、結婚後も王族としての外交を担う事との交換条件だった。如何しても伯爵様──今は陞爵されて侯爵様と結婚したかった王妹殿下は、非情ともいえるその条件を潔く飲んだとか。泣ける話である。
しかし王妹殿下自身が鑑定出来るとなれば、ますます違う材料を使うのは避けたいところだ。ジャックや王妹殿下の同行者である書記官の料理も、全て同じレシピで揃えた方が良いだろう。痛くもない腹を探られるのは面倒だ。
「精進料理だと思えば良いか」
「ですね」
「ルカさん、ショウジン料理とは何ですか?」
「えーと、私達の国の宗教の修行で、肉や魚を食べないっていうのがありまして。その修行中に食べる料理です」
「精進料理は動物性たんぱく質全部、駄目じゃなかったかな」
「そうだっけ。今回は乳製品は使えるから、精進料理ほど厳しくないか。イケそうな気がしてきた」
ウルシュラ達牛獣人は、牛乳やチーズやヨーグルトは平気らしい。当然か、牛乳が飲めないと仔牛が育たない。
「基本はコース料理でしたよね。ええと、前菜、スープ……魚料理が先でした?」
「そこまで格式張ったものでなくても大丈夫ですよ。そうですね……前菜、スープ、魚料理の代わりの1品、ソルベ、肉料理に類するもの、サラダ、デザート、食後の飲み物とおつまみ、といったところでしょうか」
「充分格式張ってますよね」
肉料理には豆腐ハンバーグを充てるとして、魚料理は如何しよう。ルカは考え込み掛けて、あ、と思いついた。
「何ですか、ルカさん?」
「あの、魚料理の代わりなんですが。麻婆豆腐とか如何でしょうか」
「どんな料理ですか?」
「作ってみますので、王妹殿下にお出し出来るか判断をお願いします」
豆板醤と甜麺醤を発見した時点で、必ず作ろうと思っていた麻婆豆腐。ルカは市販の麻婆豆腐の素で作ったことしか無かったが、マリナとソウマ、何よりハオランの協力があって美味しく出来た。ハオランは麻婆豆腐と聞いて、いても立ってもいられなかったらしく、手を出しに来たのだ。
「もう少し辛さを抑えれば、王妹殿下のお口にも合うと思います。ジャックの、珍しさで勝負したいという希望にも添いますし、これにしましょう」
アランのお墨付きも頂いた。魚料理の代わりは麻婆豆腐で決定だ。
「アラン先生。王妹殿下への麻婆豆腐は甘めにするとして、ジャックさんには本格的な麻婆豆腐を味わって貰いたいんですが」
「本格的とは?」
ルカが麻婆豆腐の本場、四川省の麻婆豆腐がどんな物か熱く語ると、アランが共犯者の笑みを浮かべた。
「良いですね!さすがルカさん、そんなところも大変素敵です!」




