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67 チート過ぎる聖女様

 アランが交渉してくれた結果、ルカがジャック側に渡すレシピは豆腐サラダ尽くしで良いということになった。ただその代わり、王妹殿下への饗応は全てアランが引き受けることになってしまった。


「ごめんなさい。ご迷惑をお掛けして」

「迷惑だなんて思っていませんよ、ルカさん。私がこうなる様に交渉したんですから」

「あれは交渉というより脅迫……いや、何でもないネ!」


 後からこっそりハオランが教えてくれたのだが、アランは初め、サラダ以外の豆腐レシピも幾つか渡すつもりだったらしい。だが大人2人の留守を狙ってシェフがルカ達に接触しようとしたのが、アランの逆鱗に触れた。渡しかけていた豆腐ハンバーグや豆腐グラタンのレシピを引っ込めて、王妹殿下の料理は全て自分が引き受けると啖呵を切ったのだそうだ。

 ジャックとしては思惑通りになって万々歳だったが、アランが追加で出した条件を聞いて顔色を悪くしていったようだ。今後一切アランにもルカ達にもハオランにも接触しないこと。ジャックがどんな窮地に陥っても、アランは絶対に手助けしない。そう宣言されて、ジャックはアランの本気の怒りを感じ取り、即座に土下座した。


「貴方の土下座に何の価値が?」


 足元に平伏すジャックに向かって、アランはそう吐き捨てたらしい。それでもアランに縋りつくジャックを足蹴にして、アラン達は部屋に戻って来たそうだ。


「それにしてもマリナさんの結界は素晴らしいですね」


 アランはルカ達を覆う半透明な結界をコンコン叩き、満足そうな笑みを浮かべた。シェフが突撃してきた時に、マリナが咄嗟に張ってくれた結界だ。女子3人を覆う結界の前にソウマが陣取り、ケイがアラン達に知らせに走った。

 シェフがルカ達の部屋に押し入ったのはシェフの独断だったが、ジャックには雇用主としての責任がある。そこを厳しく追求して、ジャックをとことん遣り込めたのだそうだ。


「マリナさんのその腕前を見込んで、お願いがあるのですが」


 アランはマリナに、全員の周囲に常に結界を張って欲しいと願った。ルカだけでなく、アランとハオランも含めた全員に、個別にだ。


「アラン様達にもですか?」


 コテンと首を傾げたマリナに、アランが深く頷く。


「はい。出来れば音や映像を全て、シャットアウトするものが良いです。外からは結界内の音は聞こえず、結界内を見ることも出来ない。可能ですか?」

「出来ます。結界同士は干渉しないようにも出来ますが、如何しましょう?」

「具体的には?」

「ええと……ルカとアラン様がワタシの結界に入っているとして、2人はお互いの声も聞こえるし姿も見えます。それに近づけば結界同士が1つに統合され、離れればまた、それぞれを護るものに分離します」

「それはかなり高度な結界ですが、維持出来る時間はどのくらいですか?」

「調整が必要なければ、1ヶ月くらいは」


 チートだ。チートな聖女様がいる。

 そんな都合の良い結界をひと月も人数分維持するなんて、どう考えても普通の聖女には無理だ。異世界転移特典だとしたって壊れ性能過ぎる。

 唖然とするルカに、ケイが言う。


「このくらいで驚くな。普段俺達は、マリナに結界を張ってもらったまま戦ってるんだ」

「それ敵の攻撃は防ぐけど、ケイの魔法は結界通過して敵に届くってこと?」

「そうだ。しかも敵の魔法は弾くが、味方の回復魔法や支援魔法は弾かない」

「それ狡くない?」


 思わず言ってしまったルカに、ケイが苦笑する。


「俺も時々思うよ。自分は安全圏にいながらモンスターをタコ殴り。これで良いのかってな」


 ケイと話している間に、アランの注文通りの結界を全員に張ってくれたマリナ。感謝と労いの意味を込め、ルカはチーズケーキをマリナに渡す。


「これ、お豆腐使ってるから。この時間に食べても罪悪感が少ないよ」

「マリナだけ?アタシのは?」


 ユウキを皮切りに、我も我もと手が上がる。皆今日は疲れているのだ。疲れると人間糖分が欲しくなるものだ。


 このチーズケーキは、ひたすら混ぜるだけの簡単なものだ。土台は買ってきたビスケットを砕いてバターを混ぜただけ。生地は泡立て器でクリーム状にした豆腐に、砂糖、クリームチーズ、卵、薄力粉、レモン汁を順番に入れながら、ひたすら混ぜるだけ。土台を敷き詰めた型に生地を流し込んで、オーブンで焼けば完成だ。ジャックに渡すレシピの候補として試作したものの、この状況ではお蔵入りになるかもしれない。


「そういえば、豆とお米も探すの頼んでたのに忘れてた」

「ああ、そちらもぶん取って来ましたよ。ジャックとはもう関わり合いにならなくて済むように」

「え、もう接近禁止令が発動してるんですか?」

「今後一切接触を断つと宣言した時点で、発動してますね」


 それは何かと不便なのではなかろうか。少なくとも王妹殿下がこの地を出立されるまでは、あれこれ準備や手配のために連絡を取らなきゃいけないのでは?


「ご心配なく。その辺りは奥方が差配して下さるそうなので」


 ジャックの妻であるウルシュラは、牛獣人としての特性か、非常にのんびりとした人だった。魔王軍の幹部だったとは信じられないほど穏やか、と言うより何も考えて無さそうな人だった。大丈夫なのか?

 ルカはふと不安に駆られたが、口の中のチーズケーキがとろけると共に、不安も溶けて無くなった。アランが心配ないと言ってくれているのだ、何とかなるに決まってる。

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