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66 レシピ通り

 夕食のテーブルは普通だった。調味料置き場になっていた長過ぎるテーブルを期待していたルカは、内心がっかりした。残念だ、一度あの貴族御用達のテーブルを使ってみたかった。かといって貴族や、まして王族と関わりたくなんてないけれど。


 ごく普通の長方形のテーブルに並んだ料理を食べて、ルカは更にがっかりした。ステーキをメインに豆腐の入ったスープ、豆腐サラダ、パンと果物。メニューには何の文句も無い、文句があるのは豆腐サラダがルカの渡したレシピそのままの点だ。


 いや、辺境伯家に来て最初の食事に、レシピ通りの料理が出てきたのは別に良い。問題なのは。


「このサラダの豆腐は、頂いたレシピ通り昨日の同時刻よりオリーブオイルに漬けております。ローズマリーは手元に無かったので、この為に王都から取り寄せました。豆腐のサイズもイラストに定規を当てて測りましたよ!」


 食事中に顔合わせがてら挨拶に来た、辺境伯家お抱えのシェフ。レシピ通り完璧に作ったと自慢気に話す彼に、ルカは隣の席のアランと顔を見合わせた。

 確かにジャックに渡したレシピには、シェフが言ったことを書いていた。サラダに使う豆腐を一昼夜程度(・・)オリーブオイルに漬ける。豆腐を漬けるオリーブオイルにはローズマリー等の(・・)ハーブやスパイスを加えると良い。豆腐はこの位(・・・)の大きさに切ってオリーブオイル漬けにすると使いやすい。


「そこまできっちりしなくても、良かったんですがねぇ」


 対外的にレシピ元となっているアランが言えば、シェフはとんでもないと首を横に振る。


「いえいえ、折角素晴らしいレシピを頂いたんですから、レシピに忠実に再現しなくては!」

「オリーブオイルに加えるハーブやスパイスも、あれこれ試してみるといいと注釈をつけてましたよね?やってみましたか?」

「とんでもない!人様の料理を勝手に弄り回すなんて!」

「いや試してみろと書いていたはずですが?」

「そんな畏れ多い!」

「…………」


 アランとルカは再び顔を見合わせた。万事この調子なのだろうか。ルカとしては基本のレシピを渡して、後は創意工夫してもらおうと思っていたのだが。


 夕食後。アランとハオランを含めた仲間で集まって、ルカはジャックに渡すレシピについて相談した。


「如何しよう。辺境伯家のお抱えシェフでさえ、きっかりレシピ通りにしか料理が出来ないとなると、渡すレシピがかなり限られるんだけど」

「サラダでさえあれじゃあな。下手に手が込んだ料理だと、やたらと細かく指示を書かなきゃならなくなるぞ。中くらいのじゃがいもって何処から何処の大きさですか、とかいちいち聞かれそうだ」

「塩一摘み、とかも通じないのかな。アラン様、この世界の料理人って、皆あんな感じなのですか?」

「あれほど酷くはありませんよ。ここのシェフは元々やる気とか向上心とか探究心とかが欠けているのか、または今回は王妹殿下が口にされる料理なので、万が一お気に召さなかった時の責任逃れのためかと」

「うわー、それ凄くありそうネ。気に入らない料理を作ったシェフの首を切るとか、王族あるあるヨ」

「それ解雇するって意味のほうですよね?」

「両方あるあるヨ」


 言葉通りの意味で首を切ることもあるのか。そんな暴君があるあるなのか。今すぐ帰りたい。


「王妹殿下は温厚な方ですから、そこは心配ないですよ。ただ、この分だと王妹殿下が召し上がる料理は丸投げされそうですねぇ」

「やっぱりそうなりますか……」

「ええ。指導ではなく私達が料理することになるでしょうね、ルカさん」

「私達、には私も含まれてるんですね……」


 王妹殿下の食事を作る羽目になりそうだ、とは薄々感じていた。それがシェフの態度とアランの予測で濃厚になった。胃が痛い。

 

 お腹を押さえたルカの背中にマリナがそっと手を置いた。痛みが引いたので、癒やしの魔法でも掛けてくれたのだろう。ありがたいが、根本が解決されなければまた胃痛がぶり返しそうだ。胃に穴が開けば家に……いやきっとマリナが治療してくれるよね……。


「ねえ、ルカはレシピだけ渡せば良いって約束だったんでしょ?それなのに、さっきの嫌な感じのシェフに教えてあげて、王妹殿下の料理も作るの?それって丸っきりタダ働きじゃん!」

「あはは、そうだねー」

「そんな人に、真面目に色んなレシピ書いて渡してあげなくて良いよ!全部豆腐サラダのアレンジレシピにしちゃえば良いよ!」

「ああ、それは良いですね。ジャックには、オリーブオイルに加えるハーブを変えただけのレシピを渡してやりましょう!」

「ええっ!?いや、さすがにそれは」

「ルカさん。ジャックに甘い顔をすると際限無く付け上がります。それに何のレシピを渡すかは、こちらで決めることになっているのですから、サラダのレシピばかりでも文句は言わせませんよ」


 確かに契約上は、渡すレシピの選択はルカに委ねられている。アランが契約書に書き加えてくれた部分だ。


「こうしておかないと、ルカさんが作れる豆腐料理を全て披露して、その中からジャックが選ぶとか言い出しますよ」


 文言を書き加えながらアランはそう言っていた。そこまで面倒なことを強要される事は無いと思っていたが、現状はより面倒くさい事になっている。


「ルカさん、ひとまず豆腐サラダのレシピを書けるだけ書きましょう。それを持ってジャックと交渉して来ますよ」

「ワタシも同席するネ!ルカ達を良いように使おうなんて、ウチの組織が黙ってないヨ!」


 大人2人がイイ笑顔で請け負ってくれる。ルカが直接文句を言っても丸め込まれそうなので、ここは素直に甘えることにする。よろしくお願いします、頼りにしてます。そんな思いを込めて下げたルカの頭を、アランがよしよしと撫でてくれた。

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