64 ドラゴンとどら焼き
辺境伯領への旅路は順調だった。王都の端にあるドラゴン便乗降場で大型ドラゴンに乗った一行は、既に旅程の半分を消化していた。現在地は王都と辺境伯領領都の中間を過ぎた森林地帯、その上空だった。
旅慣れないルカのために、速さよりも快適さを重視した空の旅。初めこそ恐怖心が勝って座席にしがみついていたルカだが、今はだいぶ慣れ、座席を囲う金属製の網の隙間から下界を見下ろせるまでになった。景色を見るために網の目を粗くしてあるが、風が入って来ることはない。魔導装置で結界が張ってあるのだと、操縦士が言っていた。そこにマリナが魔物避けや保温の結界を重ね掛けしてくれているので、更に快適で安心安全だ。
眼下を覆っていた大森林が途切れ、草原地帯に入ったところでドラゴンの操縦士がもう一人に合図する。操縦士は2人交替でドラゴンを操っていて、今は座席の方にいる男が、ルカ達に地面に降りると告げた。
「席に座ってベルトをしてくださいね」
ここまでにも一度、地上で休憩を取っていたので、ルカは直ぐさまシートベルトを締めた。飛行中は安定していて滅多に揺れることもないが、離着陸の時には結構揺れるのだ。そこは飛行機と似ている。マリナの結界のお陰で重力は掛からないけれど、空中で乗り物?が揺れるのは怖かった。ギュッと座席の肘掛けを掴んで降下に備えるルカ。
「大丈夫ですよ、私の結界は一つ目巨人の痛恨の一撃も防ぎますから」
後ろの座席のマリナの言葉は心強いが、怖いものは怖い。地面までのたった数分が、何倍もの時間に感じられた。
「ああ、地面だ……」
着地して暫く、ルカは両手両足で地面の感触を堪能した。草原の草は柔らかで、四つん這いになったルカを優しく受け止めてくれている。一度目の休憩の時は地面に倒れたので、ルカとしては劇的な進歩だ。だが仲間達は手早く火をおこして昼食の準備を始めているので、申し訳ない。
「ごめん……私も何か」
「良いよ良いよ、ルカは休んでて!アタシ達野営は慣れてるから!」
手際よく用意された昼食は、バゲットサンドとベーコンエッグ、カレー風味のスープ。ドラゴンの操縦士2人にも振る舞って、皆で車座になっての昼食だ。
「いやー、旅の途中でこんな豪華なもんが食えるとは、やっぱり勇者様達は違いますね」
「この仕事勝ち取れて良かったね、兄ちゃん!」
ドラゴンの操縦士達は兄弟らしい。2人ともお喋りで、空の上でもひたすら喋っていた。特に初めてドラゴン便を利用するルカは、やたらと話し掛けられた。通り過ぎてきた町の観光案内が多かったので、またのご利用をとの思いがあったのだろう。
「お宅のドラゴン君が、一番性格が良かったので」
ドラゴン便の手配をしてくれたアランが、兄弟に応じている。ドラゴンの性格とか分かるのだろうか?ルカはバゲットサンドにかぶりつきながら、不思議に思った。
「そうでしょ!こいつ優しいドラゴンなんです!」
「優しいというか、気が弱いというか……そのせいで、戦闘には全く使えなくて。あ、ぼく達も冒険者だったんですよ」
「兄ちゃんは魔物使い、おれは剣士で!」
「ぼくらも正直冒険者には向いてなくて、早々に引退してドラゴン便始めたんです」
「だけど、なかなかお客がつかなくて。でもこんな良い仕事受けられて良かったね、兄ちゃん!鑑定士ルカの初飛行だって、争奪戦になりかけたもんね!」
「え?何ですかそれ!」
いきなり話題にされたルカは、口に運ぼうとしたベーコンエッグを落っことしかけた。何故自分の初飛行が争奪戦になるのか。見当もつかない。
その理由は操縦士弟の口から直後に判明した。
「冒険者ギルドの連中が、ルカさんが作る料理が珍しくて美味いって自慢してくるんですよ!だから昼飯楽しみにしてたんです!」
「ルカさんが料理するんだと思ってましたけど、勇者様達も料理がお上手なんですね」
「ルカさんの料理も食べてみたかったけど、これもすっごく旨いです!」
何だろう、ユウキ達の料理を誉めながらも、ものすごく期待されてる気がする。兄弟2人してチラッチラッとルカの顔色を伺いながら、お願いしても良いかな?駄目かな?と見極めようとしてくる。
ルカはあっさり兄弟からの圧力に屈した。
「ええと……デザートで良かったら出しますけど」
「やった!」
「良いんですか?いやー、催促したみたいですみませんね」
「ルカさん……お人好しが過ぎますよ?」
アランに呆れられたが、この調子だと何か渡すまで延々続きそうだったので。辺境伯領まであと半日あるのだ、欲しいな攻撃をずっと躱すのも面倒だったので。
ルカが出したのはどら焼きだ。豆腐スイーツを色々と試作した時に、アランと大量に作っていた。生地に水切りした豆腐を混ぜて、さつまいもの餡を挟んである。
「ルカ、アタシも食べたい!」
「僕も貰って良いかな?」
仲間達やハオラン、アランと全員に配ることになり、一気にストックが減ってしまった。残り少ないが、ルカも1つ食べることにする。皆食べてるし、豆腐生地だからカロリー少なめだし、と自分に言い訳しながら。
豆腐を加えた生地はふわふわで、どっしりした餡を優しく包んでいる。焼く時に使ったバターの風味がさつまいも餡に合う。しかもバターの塩気が甘みを引き立てている。美味しい、どら焼きが美味し過ぎる。
グルルルルル……。
背後から妙な音が聞こえて振り向くと、なんとドラゴンが物欲しそうな目でこちらを見ていた。え、食べたいの?ドラゴンがどら焼きを食べるの?ドラゴンとどら焼きって似て──ないか。
少々混乱して可笑しなことを考えていたルカに、操縦士兄が遠慮がちに言う。
「すみません……こいつにも1つ……」
ドラゴンはどら焼きを気に入ったらしい。一口でどら焼きを丸呑みにしてしまい、無くなったと口を開けてアピールしては悲しげに鳴く。ルカはドラゴンの潤んだ瞳にも屈した。1つのはずが2つ、3つになり、結局ルカがストックしていたどら焼きは全て、ドラゴンのお腹に収まったのだった。




