62 男同士の内密な話
依頼のあった食材を依頼主に渡し、その足で王都の冒険者ギルドに帰ってきた勇者ユウキ一行。受付で指名依頼達成の書類を出していたソウマが上げた、珍しく困惑気味の声にケイは振り返った。
「如何した?」
「いや、それが……また指名依頼が来てるって」
受付担当者から渡されたらしい依頼票を手に、ソウマが首を傾げている。ケイが依頼票を覗き込むと、確かに自分達への指名依頼、しかも護衛依頼だった。
護衛依頼は難易度が高い。冒険者としても、この世界に来てからも1年ちょっとのペーペーに指名が入るような仕事では無い。不審に思って依頼主を確認すると、そこにはアランの署名があった。
「あ、アラン様からか。なんだ、びっくりした」
ソウマはアランの署名を見てホッとしたようだが、ケイはますます不審感を募らせた。依頼票に護衛対象者の名前は書かれていない。だがあの男が出てくるのだ、ルカに関わりがある可能性が高い。
「ルカん家に行ってくる」
「え?でももう夜だよ?」
冒険者ギルドは夜間営業に入っており、ルカはとっくに帰宅している時間だ。いつもならば、こんな時間に自宅を訪ねたりはしない。でも今日のケイは如何してもルカの顔を見て、最近また狙われたり付け回されたりしていないか確認しておきたかった。
「ああ、たぶんアラン様もルカん家にいらっしゃるから、ついでに依頼内容聞いてきたら良いですよ」
しかも追討ちで、会話が耳に入ったらしい受付担当者の、この何気ない一言。ケイは仲間達を置き去りにする勢いで、ルカの自宅へと急いだ。
「あ、ケイ!帰ってきたんだ!良かった、間に合って」
玄関扉が開くと、相変わらず危機感の全く無いルカが、のほほんと立っていた。その肩越しにアランが顔を出し、ケイの神経を逆撫でする。
「いらっしゃい。ちょうど料理が出来たところですが、食べていきませんか?」
「なんと豆腐グラタンだよ!」
「えっ、お豆腐?お豆腐見つけたの!?」
後から来たユウキがケイを押し退けて、瞬時にルカに詰め寄った。食べ物に対するユウキの瞬発力はチーターにも匹敵する。
「へへーん、ひよこ豆でお豆腐が作れるんだよ!」
「そうなの!?食べたい!」
もれなく豆腐に夢中になった仲間達は放っておいて、ケイはアランを玄関の外に誘った。きっちり扉を閉めてから、アランに向き直る。
「あの、指名依頼の件ですけど」
「ああ、実はですね──」
拳闘士ジャックの領地に行くことになった経緯を聞き、ケイはひとまず胸を撫で下ろした。喫緊でルカに危険が迫っている訳ではないようだ。
「それにしても、よくルカが同行する許可が下りましたね」
「冒険者ギルドは比較的、長期休暇も取れますよ」
「でもルカは俺達に対する人質でしょう?」
「その件は片付きましたよね?」
「そっちじゃなくて。俺達が何かやらかした時のための人質でしょ。よく王都から出る許可が下りたなと」
アランの顔色はほとんど変わらなかった。ピクリと眉が動いただけで、ゆっくりと微笑んでみせる。それだけで、ケイは自分の考えが間違っていなかったと確信した。
ルカの誘拐未遂事件の時にも違和感があったのだ。いくら鑑定士が希少だといっても、ルカ1人に対する警備が厳重過ぎる。たがルカに、別の使い道があったとしたらどうだ。例えば勇者ユウキ一行が、この国やこの世界に敵対した時のための人質とか。勇者に聖騎士、聖女、賢者と突然分不相応な力を持った異世界のガキが、考えなしに馬鹿なことを仕出かそうとした時のための抑止力とするなら。
「あんたは国の手先?」
「違います。私は個人的に、ルカさんの身の安全のために動いています」
「前回の指名依頼もあんたの差し金?」
「貴方達には、暫くダンジョンに潜っていて欲しかったので」
ユウキが帝国に殴り込みを掛けたら、国際問題になってルカが人質として使われた。それを阻止するために、指名依頼を足止めにしたのだろう。
「ルカの安全を確保するには、如何すれば良い」
「手っ取り早いのは、有力者と縁付くことですね」
「ルカに王族とでも政略結婚しろと?」
「いいえ。私としては、世界を救った英雄の奥さんになって欲しいと」
このヤロウ。口から出掛かった悪態を、ケイは何とか飲み込んだ。
「英雄様に、王家やら何やらを抑える力が有るんですかね?」
「それなりには。それに私は、ルカさんを護るためなら魔王にだってなりますよ」
勇者が次代の魔王になる。それも1つのテンプレだ。
「そうなったら、俺達で魔王を斃す」
「そしてまた、ルカさんに不自由を強いると?」
「魔王を斃した勇者なら、それなりに王家やらを抑えられるんでしょ?」
「異世界から来た勇者達には、如何でしょうねぇ?」
ケイ達はこの世界の人間ではない。そもそもこの世界の勇者達ならば、警戒されてルカを人質にされる事も無かったのでは?
改めてそう突き付けられて、ケイは反論出来ず、ギリ、と唇を噛んだ。




