61 人物鑑定は荷が重い
鑑定士が鑑定する物は、無機物や植物などの所謂『アイテム』が基本だ。だが鑑定技術が向上し、レベルが上がると、それまで対象外だったものが鑑定出来る様になることが、稀にだがあるらしい。例えばモンスターを鑑定して弱点を探ったり、人物を鑑定して犯罪歴を調べたり。そうやって生計を立てている鑑定士も、極たまにだが居るのだそうだ。
「人物を鑑定するのは難しくて、滅多に出来る人は居ませんが。それでも皆無ではありません。ルカさんは異世界からの転移者ですから、レベルが上がれば出来るようになるのではないでしょうか」
異世界転移者特有のチートが発揮されるかもしれないと、アランは言いたいのだろう。でも、人物鑑定出来ればな、が人物鑑定出来るかも、になっても、ルカは全く嬉しくなかった。不可能だと思っていたから、気軽に口に出来たのだ。
他人のプライバシーを勝手に覗ける能力なんて欲しくない。そんなの今以上に、各所から目を付けられるに決まっている。
「あの、人物の鑑定って、どんな事がどの程度まで分かるものなんでしょう」
それでも怖いもの見たさもあって、ルカは恐る恐る聞いてみた。アランは僅かに首を傾け目を伏せて、記憶を掘り返しているようだ。
「うーん……場合によりけりとしか言いようがありません。鑑定士と鑑定される人との関係によっても、分かることが違ったかと。鑑定も魔法の一種だと聞いた事があります。高レベルの鑑定士だと鑑定項目も増えますが、鑑定される人が更に高レベルだと、鑑定自体が弾かれることもありますし」
「万能では無いんですね」
「はい、勿論です。ですが有用性は高いですからね。鑑定士を1人雇っておけば、敵対者の選別や毒物の発見、暗殺者の割り出しまで可能です。だから王家や高位貴族がこぞって鑑定士を欲しがるんですよ」
嫌な事を聞いた。人物鑑定なんて出来たら、面倒事が列を成して押し寄せそうだ。
うええぇ、と思わず呻いたルカにアランが吹き出し、悪戯っぽい目で冗談交じりに言う。
「ルカさん、王家直属を目指します?破格の待遇で働けますよ?」
「絶対に嫌です。人物鑑定なんて出来ないままでいたいです」
「そう言わず、一度試してみませんか?私を鑑定してみて下さい」
「レベル差あり過ぎて弾かれますよ」
「大丈夫です。私に拒絶する気持ちが無いので」
さあ!と両手を広げて待機されても困る。しかも場所が悪い。ルカの自宅の玄関扉の前に、立ち塞がる格好になっている。私を倒してから進め!とでも言うかのように。
雑談しながら帰ってきたが、妙なところでクライマックスが来てしまった。だいたいこんな場所で人物鑑定なんてしたら拙いだろうに。
「冗談はこのくらいにして、退いてください」
「冗談ではありませんよ。ルカさん、人物鑑定が出来れば不審者が見抜けます。この前のジャックのようなことが防げますよ?」
「分かりましたから。とりあえず家に入れてください」
自宅に入ってからも、さあ!と腕を広げられ、ルカは仕方なくアランを鑑定してみた。出来てしまった。ここでチートは必要ないのに、アランの姿に被さって、彼のステータス表がルカの視界に出現した。
アラン・ジュール(32)
種族 半竜人
職業 勇者 料理人 ………………
予想より大量の情報が出てきてしまった。ルカは咄嗟に目を閉じ、両手で顔を覆って視界を遮ったが、目に入ってしまった情報もある。
半竜人って何だろう?いやそれよりも、称号の欄に可怪しな表示があった。
「ルカさん?」
「すみません何も見てません!」
「大丈夫ですよ、私はルカさんに見られて恥ずかしい事など、何もありませんから」
立派なことを言っているが、だったらあの称号は何?
『世界の英雄』とか『竜殺し』とかの格好良い称号に混じって、『鑑定士ルカのストーカー』なんてのがあった気がするのだが。見間違いか?それとも……。
ルカは深く考えかけて、ふと別の可能性に気づき、思考を180度方向転換した。
そうか、護衛のために影から見守ったり尾行したりしていたのが、この可怪しな称号に繋がっているのか!だからアラン先生はこんなに堂々としてるんだ。確かに行動だけ見ればストーカーっぽいが、仕事のせいでこんな称号がついてしまったなら申し訳無さ過ぎる。
「あの……ホント申し訳ありません……」
「ルカさんに謝って頂くことなど、無かったと思いますが」
「いえいえ、これは謝罪しなければ。もしかしたらハオランさんにも」
「ここで何故ハオランが出てくるんでしょうねえ?」
ハオランだって、ずっとルカの護衛をしていたのだ。同じ称号がついている可能性大だ。確かめる度胸は無いが……あれをまた目にするのは心臓に悪い。
「ええと、人物鑑定は私には無理です!なので王妹殿下の食べられないものの調査、お願いします!」
「それは勿論、やっておきますが」
アランの訝しげな視線から、全力で逃げるルカ。人のプライバシーに土足で踏み込むようなこと、自分にはとても無理だと痛感したのだった。




