60 食べられない物
王都からジャックの領地までは、大型のドラゴンに乗っても最短1日掛かるらしい。この国は南北に細長く、王都は南寄りにあるので、ジャックの治める辺境伯領は隣国よりも遠くなる。しかも山岳地帯を挟んで魔王国に接しているので、王都の人間にとっては未開の地の印象が強いようだ。そのため、ルカが近々辺境伯領に行く予定だと伝えると、冒険者ギルドの同僚達は皆揃って大丈夫なの?と心配してきた。
「平気ですよ。アラン先生とハオランさんが一緒なんで」
休暇届けを書きながら、ルカは何でもない事のように答える。正直に言うと、ドラゴンに乗って移動するのが楽しみなのだ。ルカにとってはこの世界に来て初の、如何にもファンタジーな状況なので。
それに魔王国の調味料や食材にも、色々と期待している。辺境伯領に行くこと自体にはワクワクしているのだ。旅行の目的が胃が痛くなる案件なだけで。
アランによると、王妹殿下は王国からの特使として魔王国に出向き、その帰りにジャックの領地に立ち寄ることになっている。辺境伯領に留まるのは一晩だけ、視察も2日目の午前中だけらしい。王妹殿下が辺境伯家で食事を摂るのは1日目の晩餐と2日目の朝食、この2回。たった2食だとしても、王族に食事を作るとなると準備が大変だ。ルカ達は王妹殿下が辺境伯領入りする10日前に、現地に飛ぶことになった。
「ソウマ君達が間に合うと良いんですが」
「ギリギリですよね。一応ギルドに手紙を残しておくつもりですけど」
行き帰りはドラゴンでひとっ飛びだとしても、辺境伯領に居る間のルカの護衛が必要だ。アランはジャックとの調整や料理の準備があるので、四六時中ルカに張り付くのは無理だろう。そのためハオランに付いて来てもらう事になったのだが、ユウキ達が来てくれれば、より安心だ。ハオランでは女性用のトイレや風呂や寝室には入れない。
「出発には間に合わなくても、追い掛けて来られるよう手配しておきます」
「ありがとうございます。あ、費用は」
「ジャックに請求しますからご心配なく」
辺境伯領に持って行く食材や調味料、調理器具なども、アランはしこたま買い込んでいた。勿論費用はジャック持ちだ。費用は幾ら掛かっても構わないから料理については任せると、ジャックに言われているそうだ。アランの異空間収納には入り切らないからと、ルカのアイテムボックスにまで高級食材が詰め込まれていた。請求書の金額が、恐ろしい桁数になっていそうだ。
「辺境伯家が破産したりしませんよね……」
「この程度で傾いているようでは、辺境伯家など務まりませんよ。それにジャック個人も、魔王を倒した褒賞でお金持ちのはずです」
「魔王討伐の褒美って、王女様との結婚とかじゃないんですね」
「そんな話もありましたが、きっぱりお断りしました」
何だかそれも、王女が気の毒な気がする。まあ、王女本人が結婚を望んでいたのではなく、周りが勇者達を囲い込もうと画策しただけのようだが。ジャックが辺境伯に収まったことで、王国は英雄との繋がりを得て、王女との結婚話は立ち消えになったとか。
「ああ、その結婚相手にと勧められたのが、今回もてなす王妹殿下です」
「え……それ、気まずくないですか?」
「もう15年も前の事ですよ?王妹殿下もとっくの昔に結婚されてますし。今更如何ということも無いですよ」
そんなものなのか。だけど、結婚話があったくらいなら当然面識もあっただろうし、多少なりとも交流があっただろうし……。
「ルカさん……気になりますか?」
「そうですね……お知り合いなら、王妹殿下の食事の好みとか知りませんか?」
「気になるのはそこですか」
「どうせなら、お好きな物をお出ししたいじゃないですか。苦手な物とかアレルギー──食べられない物なんかもあれば、外さないといけないですし」
むしろそこが最重要だと思うのだが。作った料理で王妹殿下にアナフィラキシーショックでも起こったら、ジャックの首が飛ぶ。失礼で自分勝手な人だけど、処刑されるのは望まない。ルカ自身はきっちり報復するつもりだが、生命まで取ろうとは思わない。
「うーん、食事の好みですか。甘い物が好きだった気がしますが、はっきりとは覚えていませんね。調べておきましょうか?」
「お願いします。特に、体質的に受け付けない物がないか知りたいです」
辺境伯領での晩餐で王妹殿下と一緒に食事するのは、辺境伯夫妻であるジャックと奥様、それに王妹殿下と共に魔王国に特使として派遣される1等書記官。この人達にもアレルギーがないか知りたい。ただ、自分のアレルゲンが何か知らない人もいるし、昨日まで食べられた物が突然食べられなくなることもある。正確に知るのは難しいかもしれない。
「人物も鑑定出来れば良いのに」
「出来ますよ」
ルカの呟きに、アランがあっさり答える。え、出来るの?そんなプライバシー無視な荒業が出来るの?




