6 醤油パック5ml入り
「……えーっと、これ、何処で見つけたの?」
目の前にズイッと差し出した醤油パックを見ながら、ルカはユウキに尋ねた。後ろで苦笑いを浮かべるソウマや困ったように下を向くマリナ、苦虫を噛み潰した顔のケイといったメンバーの様子から、発見場所に見当は付いていた。だが確認しておかねばならない。もしかしたら最近こちらに来た転移者が日本食の輸入業者とかで、転移時に大量の醤油パックを持っていたとか、そんなご都合主義展開の可能性も無きにしもあらずだからだ。
「……アタシのアイテムボックス……」
ユウキの満面の笑顔が引き攣って、みるみる声が萎む。ですよね。残念ながら、ご都合主義展開は来なかった。分かっていたけれど、ちょっとくらい夢見たって良いじゃない、人間だもの。ルカはそう思ったが、現実は残酷だ。
「つまり、この1年ずっと、これはユウキのアイテムボックスで埋もれていたと」
「……うん」
「しかもこれ1個しかないと」
「……うん」
せっかく念願のお醤油が発見されたのに、あまり喜べない。ルカの複雑な胸の内を反映し、微妙な反応になってしまう。それが不服らしく、ユウキがプクッと頬を膨らませた。
「もーっ、せっかく見つけたのに何で皆喜んでくれないの!?」
「いや嬉しいよ、嬉しいんだけど」
「如何して前にアイテムボックスを探した時に、見つけられなかったんだ!」
とうとう我慢出来なくなったケイが、皆の心の叫びを代弁した。そう、素材探索クエストの依頼を出す前に、一度全員でアイテムボックスを探したのだ。その時見つからなかった醤油パックが、何故今になって出てきたのか?
全員からじっとりした目で見つめられ、またユウキの勢いがなくなってゆく。
「だって……生徒手帳に挟まってて……」
「何でまたそんな所に」
「だよね!そんな所にあるなんて思わないじゃん!」
「開き直るな!普段から整理整頓しないから、こんな事になるんだろ!」
「だってー!」
「そもそもユウキ、醤油なんて如何して持ってたんだい?」
「あー、ほら、宮島でお弁当食べたでしょ。それに付いてたの、使わなかったからポケットに入れてて」
ルカ達が異世界転移したのは、修学旅行の最中だった。弥山から厳島神社へと5人で班行動していると、突然光の柱に閉じ込められ、この世界に跳ばされたのだ。
あの時ルカは穴子弁当を食べた。美味しかったなー、また食べたいなーと意識を飛ばしていると、ゴツンと頭に鈍痛が走り、現実に引き戻される。異世界にいるという空想のような現実に。
「そろそろ仕事に戻れ」
「あ、はい、すみません」
「あんた等も、コイツは今仕事中だ。キリの良いとこまで片付けさせるから、茶でも飲んで静かに待っとれ」
「すみません……」
強面のギルドマスターにギロリと見据えられ、ユウキ達が大人しくなる。ちょうどお茶とお菓子が運ばれて来て、醤油については一旦保留となった。
さて、ややこしい証明書を急いで書き上げたルカは、早めの昼休憩を取って、食事処辺りで話の続きをするつもりだった。だが何故か、未だにギルドマスターの部屋で話し合いが行われている。しかもギルドマスターが、がっつり話に加わっている。ルカの落ち着かない気持ちを置き去りに、会議は踊る。
「だから、製造出来る目処が立つまでは、このまま保管するしかないだろ」
同じような調味料を造っている職人と相談したり、原料になりそうな物を集めたり、醤油醸造の環境を整えてから開封すべきだと、ケイが理路整然と唱えれば。
「それだと何時になるか分かんないじゃん!取り敢えず味見してもらって、それから如何やって造るか考えれば良いよ!」
先に醤油の味を知って貰ったほうが、この世界の食材の何が原材料に適しているか考えやすいとユウキが反論する。
「取り敢えず味見って、あのな、醤油はこれだけしか無いんだぞ?」
「分かってるよ!」
「分かってない!きちんと成分分析してもらうにしても、ギリギリの量なんだぞ!」
「開けなきゃ成分分析だって出来ないじゃん!」
「お前は早く醤油が食いたいだけだろーが!」
「ケイは食べたくないの!?」
「食いたいに決まってるだろ!刺し身にたっぷりつけて食いたい!でも、これっぽっちじゃ直ぐに無くなるだろ!」
そう、問題は醤油の量の少なさだ。賞味期限については、異世界転移の恩恵で、それぞれの異空間収納が時間停止機能付きなので問題ない。醤油パックに記載の賞味期限が切れていようが、ずっとユウキのアイテムボックスに入っていたのだからまだ使用期限内だし、またアイテムボックスに放り込んでおけば永久に使用期限内だ。
だが量の少なさは致命的だ。この量では煮物はおろか、刺し身に付けるにしても5人で使うには物足りない。醤油醸造を引き受けてくれそうな職人さんに味見してもらうにも、成分分析してもらうにも、圧倒的に足りない。
「もうちょっと量があればねー」
「うん、複製魔法とかないのかな」
「無いこともないが」
ギルドマスターがボソリとこぼした一言に、全員がぐりんと首を巡らせる。あるの?早く言ってよ!無言の訴えに晒されながらも、ギルドマスターは呑気に茶を啜っている。
「と言っても、伝説のようなもんだが」
「「それでも良いんで教えてください!」」
さっきまで怒鳴りあう勢いで意見を戦わせていた2人が、仲良く叫んだ。