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55 おからは食べ物です

 終業時刻になると同時に、ルカは、お疲れ様でした!と挨拶して事務室を出た。受付前には既にアランがジャックを引き連れて来ており、2人をピックアップして厨房に向かう。今日のひよこ豆豆腐作りは冒険者ギルドの厨房での作業だ。ルカの自宅にジャックを招くのは、アランに猛反対されたので。


 厨房のテーブルには、水に漬けたひよこ豆の入った鍋がデンと置かれていた。ルカが今朝家から持って来たものだ。ルカの異空間収納(アイテムボックス)の中では時間が経過しないので、入れたままだとひよこ豆が水を吸わない。そのため今日一日、鍋はここに置きっぱなしになっていた。

 蓋を開けると、鍋の中のひよこ豆はしっかりと水を吸い、膨らんでいる。1つ摘んでみると、指でも潰せるほどの柔らかさだ。これを細かくすり潰して、ドロドロの状態にするらしい。


「家ではいつも大量に作るから石臼を使うんだが、今日はすり鉢で作るぞ」

 

 経験者のジャック指導のもと、ひよこ豆豆腐作りが始まる。ひよこ豆と水をすり鉢に入れ、すりこぎでひたすらゴリゴリする。細かくペースト状になるまで、アラン達と交代で作業した。大量生産するとなると大変だが、今回は量が少ないうえジャックが怪力に物を言わせ、呆気なく作業工程をクリアする。


 次は布巾を使って、豆乳とおからに分ける作業だ。ドロリと潰れたひよこ豆を布巾に包み、絞る。これもジャックがやれば直ぐに終了だ。ただ、ここでルカには信じられない事が起こった。布巾に残ったおからを、ジャックが棄てようとしたのだ。


「ちょっ、何するんですか!」


 今まさにおからを棄てようとするジャックの腕に飛びついて、ルカは叫んだ。不思議そうに見下ろしてくるジャックを、眉を顰めて見上げるルカ。食べ物を粗末にするなんて、もったいない。


「棄てちゃ駄目じゃないですか!おからは栄養満点なんですよ!」

「は?え、嬢ちゃん、まさかこれ食うのか?」

「当然です!」

「いやいや、これ鳥の餌だろ」


 ジャックが言うには、おからはいつも家畜の餌にしているらしい。日本でも、傷みやすいおからは大半が飼料になるか棄てられていた。しかし今のルカにはアイテムボックスがあるのだ、回収して食べるに決まっている。


「嬢ちゃん、実は貧乏なのか?こんなもん好き好んで食わなくても」

「調理法によっては美味しくなるんです!」

 

 ルカは布巾ごとおからを引ったくった。ジャックが気の毒そうに見てくるが気にしない、ルカは貴重な食材をアイテムボックスに確保した。


 気を取り直して、豆腐作りに戻る。豆乳を鍋に入れ、撹拌しながら火に掛ける。


「火を点ける前に、底からしっかり混ぜとけよ。白い粉が底に溜まったままだと失敗するからな」


 ジャックのワンポイントアドバイスを脳内にメモしていると、豆乳が煮立ってくる。火を弱めつつ混ぜ続けると、急に豆乳を混ぜていた木ベラが重くなった。


「何か手応えが変わったんですけど」

「おー、もうちょっとだ、頑張れ」


 豆乳がとろみを増して、カスタードクリームのようになったところで火を止めた。これを型に入れるだけで固まるらしい。豆腐といえば四角いものだとのルカの主張が通り、金属製のパウンド型に入れておく。待つのは一刻程だとか。


 豆腐が出来上がるまで時間が空いたので、ルカはおからを使ってコロッケを作る事にした。おからの美味しさをジャックに突き付けてやりたかった。地味に手間の掛かるコロッケも、おからを使えば比較的簡単に作れる。それになんと言っても人手がある。面倒な衣付けも、3人でやれば流れ作業で出来る。


「ということで、手伝って下さいね」

「はぁ?何でおれが」

「ジャックはもう帰っても良いんじゃないですかね。トウフー作りも終わりましたし、この男必要ですか?」

「おからが美味しいと知らしめたいんです。家で大量に豆腐を作っているなら、おからも大量に出来るでしょう?それを全部鳥の餌にせず、少しでも食べてもらいたくて」

「ジャック、手伝いなさい」


 アランの口添えでジャックも渋々その場に残る。気が変わらないうちにと、アイテムボックスから挽き肉と玉ねぎを出して作業を開始した。アランが瞬く間に玉ねぎをみじん切りにしてくれる。それを挽き肉と炒め、おからを加えて更に炒め、塩コショウで味をつける。つなぎに小麦粉と、纏めやすいようマヨネーズも入れてたねを作った。


「ルカさん、衣付けの準備は出来てますよ」

「さすがです、ありがとうございます!」


 アランが小麦粉、ルカが卵液、ジャックがパン粉と担当を割り振って、ここからは流れ作業だ。ジャックは初めてのパン粉付けに悪戦苦闘していた。力加減が分からないらしく、何度もコロッケを潰しそうになっている。


「ジャックさん、ふんわりです!怪力は今は封印してください!」

「難しいんだよ!」


 自分の担当を完了したアランが手を貸して、何とかコロッケが形になる。油で揚げるのはアランが一手に引き受けてくれ、こんがりきつね色の、見るからに美味しそうなコロッケが完成した。


「如何ですか?」


 揚げたてのコロッケをサクッと齧ったジャックにルカが問う。美味しいですよね?との無言の圧力から、ジャックは顔を逸して逃げた。


「これでじゃがいものコロッケよりカロリー低くてヘルシーなんですよ。棄てるなんて言語道断ですよね?」

「……まぁ、食えなくも無いな」


 コメントはともかく完食だった。これで食品ロスが少しでも減るといい。そして、豆腐と共におからも市民権を得ればいい。

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