53 ひよこ豆豆腐
「んふふー、お豆腐ー、ふふふーん」
鼻歌を歌いながらルカは鍋に水を張り、ザラザラとひよこ豆を投入した。思いがけずひよこ豆で豆腐が出来ると知り、ルカは浮かれていた。家に帰って豆腐作りの下準備をしながら、ステップを踏むほど上機嫌だった。運動音痴がたたって様にならないが、独り暮らしなので誰にも見られることはない。
ジャックから聞いた、ひよこ豆で豆腐を作る手順を書いたメモを、ルカはニマニマと眺めてはまた踊る。聞いた限りではひよこ豆豆腐も、大豆で作った豆腐とそう変らない感じだった。しかも作り方が簡単だ。試作品の出来栄えによっては大量生産してストックしようと、帰りに寄り道してひよこ豆をたくさん買ってきた。
ひよこ豆豆腐の作り方は、大豆の豆腐作りとそう大差ない。大豆の豆腐作りの行程は、大豆を水に漬けてふやかし、すり潰してドロドロにし、水を加えて加熱し、さらしで豆乳とおからに分け、豆乳ににがりを加えて固める。ざっくり言うとこんなところだ。
対してひよこ豆豆腐の作り方は、ひよこ豆を水に漬けてふやかし、すり潰してドロドロにするまでは大豆の豆腐と同じだ。そのまま加熱せずに、先にさらしで豆乳とおからに分けるのが大豆豆腐作りとの第一の違い。そうして出来た豆乳をかき混ぜながら加熱して、もったりしたら火からおろして型に入れる。冷えれば自然と固まるらしく、にがりが必要ないのが第二の違いだ。
海水から食塩が作られているようなので、にがりは探せば手に入るはずだ。だが必要ないなら、それに超したことはない。材料がひよこ豆と水だけというシンプルさが素晴らしい。ひよこ豆も食料品店で普通に売っているので、通年手に入る。ますます素晴らしい。
「しっかし魔王国かー」
ルカは残りのひよこ豆を選り分けながら、ジャックとの会話を思い返した。ひよこ豆豆腐は魔王国で伝統的に作られているらしく、ジャックも彼の妻が作るのを手伝って、初めて存在を知ったのだとか。
ジャックの妻は元魔王軍幹部の獣人で、肉類が食べられないらしい。草食動物系の獣人に、同じように肉類が駄目な人が多いので、肉の代替食としてひよこ豆豆腐が普及しているのだそうだ。
それを聞いて、そこまで魔王国に浸透しているひよこ豆豆腐の情報が、如何して今まで入って来なかったのかと不思議に思ったルカ。でもジャックには不思議でも何でもない、当然のことだと一蹴された。魔王が斃れ、魔王国とは和睦を結んだとはいえど、未だ国交があるとは言えない状態で、情報なんて入ってくるわけが無い。それが国にとって重要でも脅威でもない、料理の情報なら尚更だと。
ルカとしては、重要でも脅威でもない料理の情報だからこそ、隠匿される必要もないから伝わって来るのではと思ったのだが。自然に伝わってくる可能性が低いなら、自ら情報を得られるよう動かなければならない。
「今度奥様とお話させてもらえませんか?」
ルカがお願いしてみると、ジャックは驚いたように目を剥いて、それから穴が開くほどルカを凝視した。
「おれの妻と話だと?」
「はい。難しいですか?魔王国の料理について聞いてみたいんですけど」
「料理……」
「あ、魔王国の料理って、見た目にグロテスクだったり材料が特殊だったりします?」
「いや、魔族も味覚はそう人間と変らないし、飯は普通だ。いや、そういう事じゃなくてだな」
ジャックは何やらブツブツ言っていたが、通信魔導具を使って話せるように手筈を整えてくれるという。楽しみだ。豆腐があったのだから、味噌や納豆もあるかもしれない。人間の国側には日本人の転移者がいなくとも、魔王国側にはいたかもしれない。せめて味噌を作って、伝えてくれていれば。
「ま、ひとまず豆腐だよね。出来たら何作ろっかなー」
ひよこ豆は少なくとも一晩、水に漬けておかないといけないらしい。明日も仕事だから、ひよこ豆豆腐作りは明日の夜になりそうだ。出来上がったらまずはそのまま食べて、あとは肉豆腐に煎り豆腐、白和えや湯豆腐、汁物に入れたりと、和食の幅が広がる。
和食以外でも麻婆豆腐や豆腐のサラダ、豆腐グラタンにしたり豆腐ステーキにしたり。ダイエットが捗りそうだ。毎食オートミール雑炊は飽きてきたところだ。洋風メニューも織り交ぜて、豆腐ダイエットに移行したい。
「あー、早くお豆腐食べたいなー」
ルカは水に漬けたひよこ豆が入った鍋を、何度も何度も覗き込む。先程漬けたばかりなので、ひよこ豆にはまるで変化がない。これが明日には、すり潰せる固さになるのだろうか。ちょっと不安になってきた。
「いやいや大丈夫だよね。ジャックさん作ったことあるって言ってたし」
豆腐作りをするなら是非呼んでくれと、家まで送ってくれたアランには念押しされていた。明日は終業時刻に冒険者ギルドに行くから、待っていて欲しいとも言われている。アランが来るなら、明日の夕飯はガッツリ肉豆腐が良いだろうか。牛肉あったかな?
手持ちの食材を確認しながら献立を考える。自分の食べる分を、どうカロリーダウンさせるか悩みながら、ルカはまたひよこ豆の鍋の蓋を持ち上げた。




