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52 思わぬところに

「いやー、女に全く興味の無かったお前が、初めて店に女の子連れて来たって聞いたらさー。どんな子か見たくなるだろー?」


 何しに来たんだ、とのアランの問いに対する拳闘士ジャックの答えがこれだった。平然とルカを品定めに来たと言うジャックに、アランの眉間にしわが寄る。ルカとしても良い気はしなかった。悪気が無さそうなのが尚悪い。


「とりあえず、店の従業員教育を厳しくしましょう。お客様の個人情報をバラ撒くような者は、私の店には要りません」

「申し開きもございません」


 店の責任者だという初老の男が、アランに深々と頭を下げる。あれから場所を移し、アランが所有する店に来ていた。前にルカが連れて来てもらった時のことを、従業員の1人から教えられたのだとジャックが白状したためだ。


「謝る相手が違うでしょう。迷惑を被ったのはルカさんです」

「はい……申し訳ございませんでした」


 責任者はルカに向き直り、謝罪の言葉を口にする。もう良いです、と言わなきゃいけないのだろうか。正直まだ腹が立っているルカは、簡単に許す気にはなれない。


「ああルカさん、無理に許しを与えなくて良いですからね」


 アランがこう言ってくれたので、ルカは無言を貫いた。責任者は謝れば当然許してもらえると思っていたようで、引き結んでいた唇の端がヒクヒクと引き攣る。反省しているように見えないのも、ルカが許すと言えない原因だ。


 要するにルカは舐められているのだ。アランと食事をした時も、何故こんな子どもが勇者アランと?と従業員一同の顔に書いてあった。自分でも釣り合わないとは思うが、仕事の話をしただけなのに面白おかしく噂されるのは不愉快だ。


 そして、噂を聞きつけてルカを値踏みしに来たジャック。冒険者ギルドにこっそり忍び込み、陰からルカを観察するつもりだったらしい。

 ルカが厨房に居ると教えたのは同僚の一人で、彼女も今頃ギルドマスターにコッテリ絞られているはずだ。拳闘士ジャックなら問題ないだろうと、ギルドの規則を無視して手引きした同僚にも、ルカは何とも言えない嫌な気分を味合わされていた。


「貴方は下がって全従業員を呼び出しなさい。後で私が全員と面談します」

 

 アランは店の責任者を部屋から追い出すと、心底申し訳無さそうに、ひたすら謝ってくる。


「ルカさん、本当に申し訳ありませんでした。二度とこんな事が無いよう徹底しますので」

「アラン先生は悪くないです」

「ですが、怖い思いもさせてしまいましたし」


 アランがジャックを横目に睨む。ジャックは心外だ、とばかりに首を竦め、口応えする。


「こんな良い男と出会って、怖がるような女はいないだろ」

「最近鏡を見てますか?それとも視力の方に問題が?」


 いつも穏やかなアランが、ジャックが相手だと辛辣だ。この二人、実は仲が悪いのだろうか。身近にいるのがユウキ達仲良しパーティーなので、ルカには仲が悪くても一緒に冒険をするというのが想像できない。


「お前と違って視力には何の問題も()ーよ。鏡もほら、そこに色男が映ってるじゃねーか」

「色男ねぇ。ルカさんの教本にあった拳闘士ジャックならともかく」


 ユウキ達は元気にしているだろうか。あれからまだ20日と経っていない。お弁当は足りているだろうか。ユウキが誰かにあげたりしてないと良いけど。


「15年前ならあの通りだっただろーが!」

「ですが今は……はっきり言って、貴方太りましたよね。まるで面影が無いですよ」

「幸せ太りだよ!孤独死まっしぐらのお前と違ってな!」


 マリナが詰めてくれたお弁当、もう1つあったよな。今日はあれを夕ご飯にしよう。お腹減った。もう帰ってお弁当食べて寝たい。


「未来なんてまだ分からないじゃないですか。私にもこの先、可愛らしくて料理好きな奥さんが来てくれるかもしれません」

「まさかそれ、15歳も年下の幼妻じゃないだろうな」


 今日のストレス具合だとお弁当だけで足りるかな。こんにゃくゼリーとか欲しい。食べても太らない魔法とか無いのかな。


「だと嬉しいんですがねぇ」

「……マジか。お前ロリ──」

「痩せれば貴方も肖像画の面影が取り戻せますかね。ぜい肉を削ぎ落としてあげましょうか」

「待て待て剣を抜くな!お前が手を下さなくてもダイエットしてる!トウフーばっか食わされてる!」

「え、豆腐?今豆腐って言いました?」


 直前までぼんやりしていたルカが突然カッと目を見開き詰め寄ったので、面食らったジャックが目を白黒させた。ルカはそんな事お構い無しで、アランとジャックの間に割り込んでゆく。だって豆腐だ。ダイエット中のルカにとって、低カロリー高たんぱくな豆腐は、文字通り垂涎の的だ。


「豆腐って言いましたよね?しかもダイエットのために食べてるって!」

「あ、ああ。嬢ちゃんトウフー知ってるのか?」

「私の国で食べていた物かもしれません!材料は豆ですか?白くて柔らかい?」

「そうだな。ひよこ豆で作る、白くて柔らかい食いもんだ」


 キャーと珍しく叫んだルカに、ジャックが目を剥く。怯んだジャックの両腕をガシリと掴み、逃げられないよう捕獲して、ルカは満面の笑みだ。


「作り方、知ってるんですね?教えてくれますよね?」


 一部始終を見ていたアランが後に、この時のルカを『獲物を追い詰めて遊ぶ猫のようだった』と評した。

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