49 二者択一と見せかけて
「そうそう、料理講習を定期的に開催したいと、冒険者ギルドマスターから打診がありまして。ルカさんは聞いていますか?」
スープのエリンギを20回まで噛んだところで、アランに話し掛けられた。拍子にエリンギを飲み込んでしまった。ダイエットのために一口30噛みを目標としているが、これがなかなか難しい。いつも20回を過ぎた辺りでスルリと喉に流れ込んでしまうのだ。
「聞いてません。アラン先生がまた講師をされるんですね?」
ルカはテーブルに置いていた箸を持ち上げながら応える。一口毎に箸を置くのも、ダイエットを始めてから心掛けていることだ。痩せている人の習慣だと、テレビか何かでやっていたので真似てみた。効果の程は分からないが、出来ることは全て試してみたい。
「条件付きで引き受けると答えました」
「条件ですか」
「ええ。ルカさんが助手をしてくれるなら、と」
「え」
世間話だと気楽に構えていたら、とんだ流れ弾だ。巻き込まないでもらいたい。先日の料理講習を思い出し、フルフルと首を振る。
「無理です」
「そんな事はありません。この前の講習も評判が良かったみたいですよ」
「それはアラン先生が講師だったからです」
「ルカさんが作ったサツマアゲ?も好評だったじゃないですか」
「でも……」
裏方仕事なら喜んで手伝おう。だが助手というからには、先日のようにルカも受講生の前に出なければならないのだろう。気が進まない、というより全力でお断りしたい。正直に言って荷が重い。
「まあ、ギルドマスターから話があるでしょうし、少し考えてみてください。私としては、ルカさんと料理する機会をもっと増やしたいので、是非とも引き受けて欲しいのですが」
「料理なら別の機会にでも出来ますよね?」
「今日みたいに、ですか?でもユウキさん達は暫く留守のようですから、異世界で和食を食べる会も当分お休みでしょう?」
「それは、そうですが……」
何だかんだでアランと料理をする機会は多いと思うのだが。基本月イチペースのイワシ会だけのはすが、気がつくと一緒に料理をしていること多数。今のままで十分だと思うのだが。
ルカが返事に困っていると、アランが悲しげに顔を伏せた。
「ご迷惑でしょうか?私と一緒は嫌ですか?」
「いいえ、そんな事は!ただ私、人前で何かするのが苦手で」
「では講習以外で、私と2人で料理する日を決めても良いですか?」
「……2人でですか?」
「人数を増やすと醤油の減りが早くなりますよ」
「ああ……そうですよね」
アランに他意がないことは分かっているが、改めて2人でと言われると妙に気になってしまう。まあ今だって2人きりで料理して食事中なので、今更だが。
「如何します?月に一度料理講習の助手をするのと、毎週私と和食を作るの、どちらが良いですか?」
「え、月イチと毎週が同列ですか」
「作る量や精神的負担を考慮して、この位が同等かと見積もったのですが。で、どちらにします?」
いつの間にか二者択一になっていた。どちらか選ばないといけないのだろうか。料理講習の助手は二度とやりたくないので、実質一択なのだが。
ルカは考えてみた。アランと料理をするのは楽しい。元々料理が出来る人なので、作業は早いし質問は的確、ルカが教えられることの方が多いくらいだ。料理から話題が広がって、話も弾む。
出不精なルカは休日はほぼ家にいて、料理のストックを作っている。そこにアランが加わるだけだと思えばそう負担でもない、か?
「ルカさん、選べなければ両方でも」
「和食作りでお願いします」
「ではルカさんのお休みの日を教えてください。ああ、暦がありますね。丸がついているのが仕事の日ですか?この日の予定は?」
壁に貼っていたカレンダーに、次々と新たな予定が書き加えられてゆく。アランに護身術を習うのは隔週なので、まずはその隙間を埋められた。護身術を習う日とは別に料理の日を設けようとするアランと、同じ日に纏めて済ませたいルカとで意見が分かれたり、料理する場所を何処にするかで少々揉めたが、昼食を食べ終わる頃には決着がついた。
結果。休日はほぼアランと過ごすことになったのだが、これで良いのだろうか……。
「良いですねぇ!」
カレンダーのスケジュールを手帳に書き写し、アランはご満悦だった。開いた手帳を眺めてウットリしている。そこまで和食を気に入ってもらえたのは嬉しいが、ルカの料理のレパートリーはそう多くない。手に入る食材も限られているし、メニューがすぐ底をつきそうだ。
「あの……アラン先生はお忙しいのに、お仕事とかお約束とかとぶつかりません?」
遠回しに日数を減らそうと訴えてみたが、日本的な婉曲表現では伝わらなかったようだ。アランがそれは良い笑顔で明言した。
「ご心配なく、ルカさんとの約束が最優先です!ぶつかっても仕事の方を退けますから」
「お仕事を優先してください!」




