48 ヘルシー生姜焼き
今日はルカがダイエットを始めて最初の休日だ。冒険者ギルドの仕事はシフト制なので、休みが偏ったり出勤日が続いたりしたりする。今回は急病人の代わりに出勤した日があり、7連勤後の休日だった。さすがに疲れが溜まっていたようで、ルカは今朝思い切り寝坊した。起きたのは昼前で、しかも玄関扉をノックする音で目が覚めたのだ。
「──カさん、ルカさん?大丈夫ですか?」
控えめな、けれど何処か切羽詰まった声の主がアランだと気づき、ルカはベッドから飛び起きた。今日はアランに護身術を習う日で、冒険者ギルドの訓練場で待ち合わせのはずだった。
枕元の置き時計は、約束の時間をとっくに過ぎている。大慌てで寝間着の上から上着だけ引っ掛けて、ルカは玄関へと走った。
「ごめんなさい、寝坊しました!」
謝りながら玄関扉を開けると、アランがあからさまにホッとした顔で、肩で息をつく。
「良かった……いつまで経っても来ないから、何かあったのかと」
「……すみません……」
「いえ、無事で何よりです。具合が悪い訳でも無いんですよね?」
「ただの寝坊です、ごめんなさい」
アランがルカの額に手を当てて熱を計ろうとするのを、頭を下げて制する。今更ながら、自分の格好が気になった。起き抜けの間抜け顔を晒しただけでなく、パジャマ代わりに使っているヨレヨレのコットンワンピース姿だ。人前に出られる格好ではない。
「ええと……ひとまず中へどうぞ。直ぐに着替えて来ますので……」
「ゆっくりで良いですよ」
アランをダイニングキッチンで待たせ、ルカは急いで着替えて鏡を覗く。寝癖がついていた。なんて恥ずかしい。いや、ヨダレがついていなかっただけ、まだマシか……。
「ルカさん、もうお昼ですから先に昼食にしませんか?私の店でご飯を食べて、午後から訓練場に行きましょう」
ルカがしつこい寝癖と格闘していると、ドア越しにアランが提案する。昼食には早い時間だが、朝食抜きで動くのは辛いだろうと気を遣ってくれたのだろう。午前中に護身術を習い、昼食を一緒に食べるのがいつもの流れなのだが。
先日連れて行ってもらった店のメニューを思い浮かべる。あの店で好きな物を頼むのは、ダイエット失敗への入口だ。だがあの店で好きな物を頼めないのは、ダイエット中のルカには拷問だ。
「すみません、今日は外食はちょっと……」
「ダイエット中だからですか?」
なんで知ってるんですか。情報源はギルドマスター辺りですか。個人情報保護は適用されないんですか。
「ルカさんはちっとも太ってないじゃありませんか。それに、ぽっちゃりしているのも可愛いですよ」
アランはそう言うが、惑わされてはいけない。男性が言うぽっちゃりは、女性から見たぽっちゃりとは基準が違うのだ。この話題は男女で相容れないと、ルカは思っている。
しばし押し問答の末、それぞれの妥協の結果、昼食はルカの家で一緒に食べることになった。ルカとしては一度解散して各自で昼食を取り、再集合としたかったのだが。約束をすっぽかしたルカを心配し、家まで訪ねて来てくれたアランを追い返すようで、強く出られなかった。それに自宅で食べるのなら、メニューも量も調整できる。
「生姜焼きとスープで良いですか?」
「生姜焼きとは、初めて聞きますねぇ。これも和食ですか?」
生姜焼きも材料や作り方を工夫すれば、カロリーを抑えられる。一般的に生姜焼きといえば豚ロース肉を使うが、よりカロリーが低い赤身の豚もも肉を準備する。作り方も普通は肉を焼いてタレを絡めるが、油をカットするために煮ることにする。厳密には生姜焼きと言えないかもしれないが、味はそう変わらない。
まずは醤油とすりおろした生姜、みりん代わりに蜂蜜少々でタレを作り、フライパンに入れる。そこに豚もも肉と玉ねぎを入れて、全体にタレをなじませてから火に掛ける。中火でゆっくり火を通し、水分が無くなったら完成だ。
スープはブロッコリーやカリフラワー、エリンギと野菜たっぷりにした。味付けは中華風、ボウルマッシュルーム粉を使う。
そして主食はごはん。生姜焼きにはパンよりもご飯が合うとはルカの見解だ。ストックしていた炊きたてご飯を器によそう。
「ルカさん、今何か入れましたね?」
目敏い。ルカの器のご飯にだけ、カリフラワーをまぜたのだ。スープの具からカリフラワーを拝借し、ご飯のかさ増しとカロリーダウンを試みた。スープの味付けを、最後に加えるだけのボウルマッシュルーム粉にしたのもこのためだ。
ルカが素直に白状すると、アランも素直に感心したようだった。
「よくそんな手段を考えつきますね」
「いえ、日本でそういうダイエット方法があっただけです」
実はルカは、あまりカリフラワーが好きではない。あの独特のモソモソした食感が苦手なのだ。だが、ふとダイエット用の冷凍カリフラワーがあったのを思い出し、おあつらえ向きに茹でたカリフラワーがあったので試してみただけだ。
「何処の世界でも、女性の美しさへの情熱は凄まじいですねぇ」




