47 オートミール雑炊でダイエット
「あら、今日も寄ってかないの?」
夕闇が迫る頃、冒険者ギルド併設の食事処を通り過ぎようとしたルカは呼び止められた。声を掛けてきたのは食事処で働くおばちゃんで、人好きのする笑顔に心配の色を載せている。顔色を確認され、体調を尋ねられた。食事処に寄らないのは体調不良による食欲不振のせいだと思われているようだ。
「実は今、ダイエット中でして……」
「全然太ってないじゃないの!」
声を潜めて理由を述べると、大声で返された。道行く人からの視線がルカのスタイルをチェックする。止めて欲しい。服の上からでは分からなくても、お腹の肉が摘めるようになってしまったのだ。
「いえ、護身術を習っているので、もっと素早く動けるようになりたくて……」
嘘は言っていない、方便だ。正直に痩せたいと言ったところでおばちゃんは納得してくれないのだ。それに実際、さっきまで逃げ足を鍛えるべく訓練場で走り込みをしていた。ダイエットの何割かは護身術のためでもある。
「そうなの?」
「はい、だから少し身体が絞れたら、また食べにきますねー」
愛想笑いを振り撒いて、ルカはそそくさとその場を後にした。早めに切り上げてしまわないと、逃げられなくなる。食事処に入ってしまったら、ここ数日の努力が水の泡だ。冒険者御用達の食事処には、体力勝負の前衛職向け高カロリーメニューが多いのだ。
美味しいがカロリー過多な料理の誘惑を振り切り、ルカは自宅に駆け込んだ。外食はダイエットには大敵だ、この世界では特に。だから数日前にダイエットを決意してからは、出来る限り自炊しているのだ。
「はー、お腹空いたー」
ルカは空きっ腹を少しでも宥めるために、ビーフジャーキーを口に入れた。噛んで満腹中枢を刺激する作戦だ。他にはチーズやナッツ類が、最近のおやつの定番だ。甘いケーキやドーナツは封印されている。
間食を減らすと共に、食事もカロリーを抑え、よく噛んで食べ過ぎないよう心掛けていた。主食を少なめに、肉や野菜をしっかり食べる。単品ダイエットとか断食とかでなく、『食べて痩せる』を目指しているのだ。
そのためには、タ○タ食堂のような献立が理想的なのだが。
「こんにゃくとか豆腐とかがあればなー」
これまでもこんにゃくや豆腐が欲しいとは何度も思った。特にすき焼きをした時は、糸こんにゃくと豆腐が恋しかった。でも、今ほど切実では無かった。ダイエットの味方のこれらの食材があれば、こんにゃくをご飯に混ぜてかさ増ししたり、豆腐ハンバーグでカロリーダウンしたり出来るのに。
しかし無いものは無い。ルカは今ある物でダイエットに挑まなければならない。そこで戦うための主戦力に選んだのがオートミールだ。こちらではミルク粥にして食べるのが主流だが、ルカは和風の雑炊にして主食にしている。クイックオーツという細かく砕いたオートミールを和風だしで煮て、キノコや野菜をたっぷり入れて食べるのだ。
今夜もオートミールを和風出汁に浸して火に掛け、コトコト煮込んでいる。夕食と翌朝の朝食ぶんを一度に作るので、片手鍋にいっぱいだ。キノコと葉野菜、味付けを兼ねて生姜も刻んで入れる。生姜には脂肪燃焼効果も期待したい。
隣の魔導コンロでは、主菜にする魚を焼いていた。煙や臭いの問題は、ダイエットの前には重要ではない。だが毎日となると気が引けるので、大量の白身魚を一気に焼いている。後からアレンジ出来るよう軽く塩を振るだけに留めておいて、大半はストックに回すつもりだ。
魚が焼ける頃にはオートミール雑炊も出来上がった。オートミールよりもキノコが多く見える雑炊を器によそい、ゆっくり食べ進める。オートミールは食物繊維が豊富で腹持ちがよく、便秘にも効果的らしい。水分をしっかり取らないといけないので、そこは注意が必要だ。ルカはジュースをやめて白湯を飲むようにしている。
白身魚にはバター醤油を絡めてみた。ダイエットだからと油を全てカットすると、肌や髪の毛が傷んでくる。魚を焼くのにオリーブオイルを使ったのでバターは余計かとも思ったが、節制し過ぎてもダイエットは続かない。バターを少なめにして決行した。
ダイエット生活は今日で4日目。まだ成果は実感出来ないが、ダイエットは長く続けて習慣づけるのが大切だ。焦らずゆっくり、気付いたら痩せてたねというのが理想だが、ルカはそこまで人間が出来ていない。
「家で体重計れないからなー。お腹のお肉で判定するしかないかなー」
この世界にも秤はある。ただし吊り下げ式が一般的で、台秤はほとんど普及していない。穀物を扱う商人ギルドには人が乗れる大きさの台秤があるらしいが、わざわざ行って体重を計らせてもらうなんて出来ようはずもない。
「せめてお腹が摘めなくなるまでは頑張らないとなー」
少しずつオートミール雑炊を口に入れ、ゆっくりと食事をする。食後には甘いイチジクが待っている。最近ルカが食欲不振だと勘違いしたギルドマスターが、家から持って来てくれたものだ。ダイエット中だと伝えても、そんな無駄な事はするなと押し付けられた。
冒険者ギルドで最年少のルカは、皆から甘やかされている。でもダイエット中なのに、いつものように甘い物をポケットに詰め込むのは止めて欲しい。
ルカの視線の先、食品棚の広口瓶には、ダイエットが成功してから食べる予定のキャンディやチョコレートが、ぎっしり詰められていた。




