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45 毒があるけど美味しいキノコ

 少々予定外の事もあったが、料理講習は概ね平和に進み、最後の調理実習を残すのみとなった。調理実習と銘打ってはいるが、作るのは手抜き料理とも呼べないような物なので、失敗する方が難しい。湯を沸かして乾燥野菜とキノコを入れ、粉末のスープの素を入れるだけなのだ。これを調理実習と呼べるのかも怪しい。


 ただ、これは冒険者向けの講習だ。調理自体は簡単でも、そこに至るまでの準備はなかなか大変だ。


「冒険中は如何しても野菜が不足しがちです。スープが作れれば野菜不足を補え、体も温められますからね。まずはかまど作りから始めましょう」


 焚き火をするのに適切な地面の状態や、風向きを考慮して石組みするなどの説明後、各自調理用のかまど作りに取り掛かる。この辺りは冒険者志望なら必須技能らしく、ほとんどの受講生が難なく作業をこなしていた。焚き火に火を付けるのもお手の物だ。


 さて、問題はここからだ。ひとり一人、自分が食べられる分量でスープを作るのだが、水がどれだけ必要かも分からなかったりする。ルカは昼食の時の食事量を思い出しながら、明らかに多いだろう魔法使いちゃんの水を減らすよう助言した。冒険中は水も貴重だ、無駄にならないよう量を調節するのも大切な技術だ。


 水を入れた鍋を火に掛けたら、午後から仕分けした食用キノコの中から好きな物を選んでもらい、手で割いてスープの具にする。これも、水に浸からないほど大量にキノコを入れようとしたり、丸ごと鍋に放り込んだりする人がいたりする。その程度ならまだしも、毒キノコをスープに投入しようとしている女性に気付き、ルカは慌てて止めた。


「このキノコは駄目ですよ」

「でもこれ超美味しいんでしょう?毒って言ってもちょっと身体が痺れるだけみたいだし、食べてみたくて」


 何とわざと毒キノコを選んで食べようとしていたらしい。でも本人の希望だとしても許可は出来ない。


「止めましょうね。危ないですから」

「平気でしょ、ここは安全なんだし」

「いえ、でも──」

「あー煩いわねー、自己責任だから良いでしょ?」


 良くない。毒キノコの効果は人によってまちまちだ。ほとんどの人にはちょっと身体が痺れる程度でも、場合によっては一生麻痺が残ることだってあるのだ。そうなったら困るのは本人だし、冒険者ギルドの責任問題にもなる。アランにも迷惑が掛かる。

 だが、それを説明したところで、この人は聞く耳を持たないだろう。口では自己責任と言っているが、いざ何かあれば他人のせいにするタイプに見える。ギルドの受付担当者が言っていた『面倒がって届けを出さないくせに文句ばかり言う厄介な冒険者』になりそうだ。


「如何しました?ああ、そのキノコですか」


 ルカが困っていると、アランが来てくれた。女性受講生が持つキノコを見て、直ぐに状況を把握したようだ。


「これは美味しいですが、毒がありますよ」

「はい……でも食べてみたいんです。貴族の間では高級食材なんでしょう?ちょっと痺れても、アラン様が麻痺解除の魔法を掛けてくれれば──」


 図々しい事を口にしながらアランに腕を絡めようとした女性だが、手が触れる直前に躱された。なおもしつこくアランに手を延ばそうとしていたが、その動きが不自然なところで止まる。


「貴女は冒険者に向いていません。そんなにこのキノコが食べたければ、貴族とでも結婚することをお勧めします」


 本日2度目の不機嫌な勇者様が降臨された。威圧感が凄い、正直怖い。物腰は柔らかなままだが女性を見る目は侮蔑を含んでいて、見下ろされている女性は息をするのも苦しそうだ。


「初めに言いましたよね、冒険者にとって食事は命綱だと。毒だと分かっていて口にするなど言語道断。貴女が自滅するのは勝手ですが、貴女のような身勝手な人が仲間を窮地に追いやるのです」


 厳しい物言いだが、死地を潜り抜けてきたアランが言うと説得力がある。周囲の受講生達は頷きながら聞いていた。ここで納得して態度を改められれば、女性にも冒険者の道が残るのだが。


「やーめた!こんな貧乏くさい物食べなきゃいけないなら、冒険者なんて止めてやるわよ!」


 女性はキノコをルカに投げつけると、訓練場から出て行ってしまった。咄嗟のことで受け止め切れず、キノコが地面に落ちて転がる。


「ああ、もったいない……」


 呟きながらルカがキノコを拾うためにしゃがみ込むと、頭上からクスリと笑う声が落ちてきた。


「何と言うか、ルカさんはマイペースですねぇ」

「笑わなくても……」

「すみません、微笑ましくて。さて、皆さん、気を取り直して料理を仕上げましょうか」


 パンパンと手を叩いて、アランが集まっていた受講生を解散させる。それぞれ自分の鍋に乾燥野菜を投入し、ボウルマッシュルームの粉で味付けすれば完成だ。出来上がったスープのお椀を手に、アランを囲み車座になって試食する。


「良かったらこれもどうぞ」


 ひと悶着あったお詫びにと、ルカはストックしていたチャーハンおにぎりを受講生達に食べさせた。チャーハンおにぎりは好評で、売っている店を聞かれたが、ルカの自作だと言うととても驚かれた。


「ぜひお店を出してください!」

「いえ、売るほどのものでは。簡単ですから皆さんにも作れますよ」


 チャーハンの作り方を教えながら全員で後片付けをして、一日掛かりの料理講習は、やっと終わりを告げた。非常に疲れた1日だった。

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