44 手作りさつま揚げ
新人冒険者達はルカの想像よりも逞しかった。一角ウサギの解体程度では彼らの食欲は無くならず、準備した昼食は全て平らげられた。身体の大きな新人戦士君が物足りないと溢していたので、ルカがストックしていた携帯保存食を放出したりもした。シリアルバーやクラッカーは冒険者の必需品で、冒険者ギルドでも販売されていたりする。
お腹いっぱいになったところで、午後からはキノコの判別実習だ。アランが実物を見せながら各キノコの特徴を説明し、あとは実践あるのみ。各自に渡されたメモに書かれたキノコを、山と積まれたキノコの中から選んでアランに確認してもらう。キノコはこの世界でも見分けが難しい素材の代表で、ギルド窓口でもよく揉めているのでしっかり覚えてもらいたい。
その間にルカは昼食の後片付けだ。汚れた食器や調理器具を異空間収納で運び、厨房で洗って収める。この後の調理実習では受講生達は自前の鍋や食器を使うので、アランがお手本を見せるのに使うぶんだけを再びアイテムボックスに入れ直した。ルカが他に必要な物は無かったかチェックしているところに、解体作業の講師をしていたギルド職員がやって来た。
「ルカ、お疲れ。順調か?」
「お疲れ様です。順調に進んでますよ」
彼は両手で一抱えもある大きな鍋を提げていた。中には魚の残骸がいっぱいに入っている。ルカの視線に気付いて、彼も大鍋に視線を落とす。
「これな。一角ウサギの血抜きをしている間に、魚の三枚おろしもやらせてみたんだが。この有様さ」
でしょうね。包丁を初めて持ったようなド初心者に、三枚おろしは無謀だ。ルカだって魚を捌くのは苦手なのだ。
「これ、如何するんですか?」
「うーん、如何するかなー。捨てるのもなーと思って相談しに来たのさ」
「お手伝いしてもらえるなら、これで何か作りますけど」
「出来るのか?いやー、ダメ元で聞きに来たんだがなー」
それでも手伝ってくれると言うので、ルカは魚の身をすり身にしてもらうようお願いした。フードプロセッサーが無いので、包丁でひたすら叩いてすり身状にしてもらうのだ。ルカには腕力的に厳しい作業だが、普段大型の魔物も解体している力自慢の彼になら楽勝だろう。
ルカはさつま揚げを作るつもりだ。アランの許可を得るために訓練場に戻ってみると、アランは受講生達に囲まれて身動きが取れないほどだった。ここぞとばかりにアランと話そうと、質問攻めにされているようだ。
ルカはこっそり回れ右しようとしたが、逃げる前に見つかってしまった。
「ルカさん!手伝ってください!」
「ええと、私は鑑定スキルで見分けているだけなので……」
「せめて隣に居てください!」
どう考えてもお邪魔だろうと判断し、ルカはやる事があるからとさつま揚げ作りを口実に逃げようとした。だがアランに、それならせめてここで料理して欲しいと懇願される。少しでも受講生達の気が逸れれば良いかと頷いたルカは、厨房で待ってくれていた彼を連れ、再び訓練場に戻ったのだが。
「ルカさん、彼は?」
「力がいる作業を手伝ってもらおうと──」
「弟子は私ですよね、師匠?」
アランの機嫌が悪い。ルカの説明が終わらぬうちに、被せるようにして禁止ワードを出される。
「それに今日のルカさんは、私の助手ですよね?」
「はい……」
「料理は彼の担当ではありません。私の担当のはずです。それでも彼にお手伝い頂かなくてはならない理由が、何かありますか?」
「アラン先生は忙しそうなので──」
「手は空いています。それに彼は、午後からは本来の業務に戻らなければならないですよね?ねぇ?」
「は、はいっ!失礼しますっ!!」
逃げられた。アランに話を振られたギルド職員は、真っ青な顔を引き攣らせ、脱兎の如く逃げ出した。アランを囲んでいた受講生の輪も広がって、出来た隙間からアランが出てくる。
「で、何をすれば良いですか?」
ルカに尋ねたアランはいつもの柔らかな笑顔で、魚のすり身を作り始めた。だが包丁を叩き付ける音が不穏だ。恐ろしい勢いで魚の身が細切れになり、潰されペースト状になってゆく。
「あ、あの、その位で大丈夫ですから」
「いえいえ、どこぞの馬の骨にルカさんが引っ掛かってはいけません、もっと粉々に叩き潰さなくては」
「魚です、馬じゃありません。もう十分ですから講義に戻ってください」
受講生達はアランの包丁捌きに恐れをなして遠巻きにしているが、まだ講習の最中だ。ルカはアランの手から包丁を取り上げて、生姜や人参を刻むのに専念した。恐る恐る近づいて来た受講生から食用キノコを受け取り、それも切り刻む。
刻んだ食材と魚のすり身をボウルに移し、つなぎに小麦粉と、塩で味をつけてよく混ぜた。粘り気が出てきたすり身を半分、また半分と分け、全体の四分の一のすり身で5つのさつま揚げが出来るように大きさを決める。
「魚のハンバーグですか?」
「いえ、これを油で揚げます。さつま揚げという料理です」
ルカが小判型にした魚のすり身をアランが油で揚げる頃には、アランの機嫌も直っていた。受講生達と試食し、揚げたてのさつま揚げの美味しさに皆の顔が綻ぶ。
美味しいものは偉大だ。ピリピリしていた場の雰囲気が緩んで、ルカはホッと胸を撫で下ろした。




