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42 料理講習の打ち合わせ

「あの、今更ですが、私が助手で良いんでしょうか?」


 食事をしながら料理講習について一通り説明を受けた後、ルカはアランに問い掛けた。如何しても聞いておきたかったのだ。料理講習の内容が、とてもじゃ無いがルカの手には負えないものだったから。


 講習は丸一日かけて行われる予定だった。午前中に一角ウサギの解体、昼食を挟んで王都周辺に自生するキノコと毒キノコの選別、最後にそれ等の食材を使って調理実習をするらしい。ルカが手伝えるのは調理実習だけなので、他にもっと適任者がいると思うのだ。


「ルカさんが良いんです」

「でも私、ウサギの解体なんて出来ないし、キノコの選別も鑑定能力頼みなので教えられませんよ?」

「ああ、説明不足でしたね。魔物の解体は私も素人ですので、他の人が担当するんです。ルカさんには午後からのお手伝いと、出来れば受講生に食べてもらう昼食作りを手伝って欲しいのですよ」

「受講生のお昼ご飯、アラン先生が作るんですか?」

「ええ。と言っても昼食も講習の一環なので、野外で作れる簡単なものですが」

「私、屋外での料理もあまり経験はありませんよ」


 一家揃ってインドア派だったので、休日に家族キャンプなんてした事もない。林間学校でカレーライスを作ったくらいしか、アウトドア料理の経験がないのだが。しかも受講生に教えるのは、キャンプ場のような設備の整った場所でのアウトドア料理ではない。はっきり言って、自分が役に立てるとは思えない。


 だが、そんなルカの不安を訴えても、アランはルカが適任だと言う。


「ルカさん、ここでは料理を作れる人が少ないのです。しかもレシピ通りでなく、自分で創意工夫して料理が出来る人なんて希少なのですよ。冒険中は食材が揃うことの方が稀ですから、手持ちの食材でアレンジ出来るルカさんに、お願いしたいのです」


 そうだった、この世界では家でほとんど料理をしないのだった。料理は料理人がするもので、お金を出して外で食べるもの。かまどはせいぜい湯を沸かすための設備で、魔導コンロがある家は滅多にない。

 そのため、冒険者になって1番苦労するのが毎日の食事だという人も多いのだそうだ。何せほとんどの新人冒険者は料理の経験が皆無。冒険者を目指して剣術や魔法は磨いても、料理には手を着けてすらいない。そんな状態で冒険に出て、毎食パンと干し肉をかじるだけなんて人もザラだとか。


「身体が資本の冒険者こそ、きちんと食べなければいけないのに。食事を疎かにする冒険者が多いんですよ。せめてスープくらいは自分で作れるようにしませんと」

「え、そんなレベルなんですか?」

「そんなレベルなのです。包丁を持った事すらないような人達です。お米を洗うように指示したら、石鹸を鍋に投げ入れますよ」


 想像していたより酷かった。米を研ぐのに洗剤を入れるなんて日本では笑い話だが、ここでは珍しくもないのか。中性洗剤なら薄めれば果物や野菜を洗えるらしいけど、石鹸ってアルカリ性だよな……。


「ですから教えるのは包丁すら使わない、簡単なスープです。乾燥野菜と、ルカさんが作ったボウルマッシュルームの粉末を使う予定です。それもルカさんにお願いする理由の1つですよ」


 ボウルマッシュルームの粉末は商品登録され、商人ギルド主体で改良、生産されている。ルカは開発者として登録され、売上の1%を受け取る契約になっていた。ルカとしては干し椎茸を作りたかっただけなので、ライセンス料は必要無かったのだが、ハオランに少額でも受け取らないと駄目だと言われた。開発者保護の為の制度が意味を為さなくなるからと。


 ルカが指名されたのは、ボウルマッシュルーム粉末を普及させたい商人ギルドの思惑も絡んでいるのだろう。中華料理も広まれば嬉しいので、ここは協力するべきか──そういえば業務命令だった。どんなに向いていなくても、ルカに断るという選択肢は無いのだった。


「出来る限り頑張ります」

「ありがとうございます。ですが、そう気負わなくても大丈夫ですよ。受講生はルカさんと同年代の人が多いようですし」

「もう申し込みがあるんですか?」

「数日前から冒険者登録しに来た人達に、案内を渡しているようです。既に何組か希望者がいるみたいですよ」

「講師がアラン先生だからじゃないですか?」

「案内には私の名前を出してなかったと思うのですがねぇ」


 食後のデザートが運ばれて来た。カスタードプディングだ。この店には冷蔵庫があるのか、冷たく冷やされている。ルカはお腹いっぱいになっていたが、甘い物は別腹だ。


「美味しー」

「デザートは気に入ってもらえたようですね」

「どの料理も美味しかったですよ」

「良かった、実はここ、私が所有している店なんですよ」

「え?」

「と言っても、経営はほぼ人任せなんですけどね。ちなみに私の自宅はこの上にあります」

「そうなんですね。お料理の監修とかもされてます?アクアパッツァの作り方、良かったら教えて欲しいです」

「またウチに食べに来てください」

「あー、やっぱり企業秘密ですよねー」


 ここのアクアパッツァは非常に美味だった。是非ともレシピを知りたいところだが、やはり簡単には教えてもらえないらしい。でも、また来てと言われて通えるほど、ルカの財布は厚くない。


 調味料なら家に沢山ある、今度再現してみよう。ヒントくらいなら貰えないかな。


 アクアパッツァの味や匂いを思い出しながら、使われていた調味料を推測するルカ。それを眺めつつアランが溜息をついたのには気づきもしなかった。


「ハァ、まるで伝わっていませんねぇ。でもそこがルカさんの良さでもあるし、悩ましいところですね……」

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