40 カボチャきんつば
ルカの連休が終了し、日常生活が戻って来た。いつもより少し早めにユウキとマリナと家を出て、連れ立って冒険者ギルドまで出勤する。ギルド前でケイとソウマも合流した。4人がクエスト開始届けを出すのを待って、出発する仲間達を手を振って見送った。
クエスト開始届けの提出は義務ではないが、出しておけば何かしら問題が発生した時に冒険者ギルドの力を借りられる。クエスト受注時に同時に提出し、そのまま冒険に出るのが一般的だ。受注パーティーのメンバーや目的地、帰投予定日を記入しておけば、例えば帰投予定日を大幅に過ぎてもパーティーが戻って来ない時などに、最寄りの冒険者ギルドに問い合わせが出来る。
リーダーのソウマが慎重派なので、ユウキ達は必ず提出していた。ルカも彼らの動向には常にアンテナを張っているが、冒険者は常に危険と隣り合わせだ。保険は複数掛けておいて損はない。
「勇者ちゃんのパーティーは毎回きちんと届けを出してくれるから、助かるわー」
ソウマから届けを受け取った受付担当者が、受領印を捺した書類をルカに渡してきた。ルカが毎回内容を確認しているのを知っているのだ。
「安全のためには出した方が良いんでしょ?」
「面倒がって出さないパーティーも多いのよ。そういう人達ほど、何かあった時に文句が多いのよねー」
冒険者ギルドの受付担当は苦労が多い。特にクエスト達成届けの受領窓口は、経験豊富なベテランでなければ務まらない。鑑定士が常駐しているギルドは少ないので、最低でも採集依頼品や討伐確認部位の目利きが出来なければいけないのだ。
しかし見分けが難しいアイテムも多く、本物か違う物かで揉めたり、初めから偽物を本物だと偽って持ってくる輩もいたりする。そのためルカが冒険者ギルドに所属すると決まった時は、特に受付担当者から諸手を挙げて歓迎されたものだ。
今日も久しぶりに出勤したルカのポケットには、おはようとか久しぶりとかいった挨拶と共に、アメ玉とかチョコレートとかが捩じ込まれる。何かあった時は宜しくとの心付け、と言うより賄賂だ。
貰ってばかりでは心苦しいので、ルカも連休中に作ったきんつばを渡して回った。中身はカボチャ、ころもは手に入る材料で作ったお手軽きんつばだ。
まず、中身の餡はカボチャを煮て潰し、砂糖とバターを加えたものだ。カボチャが成形しやすいよう、バターは少量にした。家で食べた物にはリンゴの角切りやレーズンも入れてみたが、シンプルなカボチャのみの物がきんつばのイメージにより近い。ルカが冒険者ギルドで食品を配るのには和食普及の目的もあるので、より本物に近い物を選んだ。
カボチャペーストは立方体を横半分に切った、角きんつばの形にした。昔のきんつばは丸かったらしいが、現在はきんつばといえば四角いし、四角い方が作りやすいからだ。丸いと側面を焼くのが難しいので。
きんつばの周りを包むころもは、小麦粉と砂糖と塩を水で溶いて作った。片栗粉や白玉粉が無かったので材料はこれだけだ。白玉粉の原料であるもち米も、探しているのに見つからない。もち米があれば大福とかあられが作れるのにと、ソウマが無念そうだった。きんつばの作り方を教えてくれたのはソウマだ。
四角いカボチャペーストにはころもを付けて、1面ずつフライパンで焼いた。油を薄く引いたフライパンで、1面をほんの数秒。冒険者ギルドで配るものは型崩れし難いよう、1面2回ずつ焼いてみた。これが結構忙しい作業で、ルカは焦げたり崩れたりしたきんつばを沢山作り出してしまった。一緒に作っていたソウマはとても上手だったので、ギルドで配ったきんつばはソウマ作の物が多かったりする。
「日持ちしないから、今日中に食べて下さいね」
冒険者ギルドマスターに個包装したきんつばを渡しながら、ルカは特に念押しした。ギルドマスターは忙しいので、他の職員からのお裾分けやお土産も、机の上で忘れ去られていることが多いのだ。
「あー、忘れそうだから今食べるか」
既に就業時間間際だ。ギルドマスターは朝から出掛けていて、きんつばを渡すのが最後になってしまった。とは言っても夜勤の職員や今日は休みの職員もいるので、ルカの異空間収納にはまだ大量のきんつばがストックされているのだが。
「久しぶりの出勤は如何だった」
「特に何事もなく、平和に過ごせました。1件だけ私が鑑定した案件がありましたが」
「聞いた。あれは見分けが難しいからな」
きんつばを食べるギルドマスターに業務連絡をしていると、コンコンとノックの音と共に聞き慣れた声がする。
「お邪魔しますよ。ルカさん、休暇は楽しめましたか?」
開けっ放しのドアの影からヒョイと顔を出したのはアラン。すき焼きをした日から会っていなかった。向かいの寮で暮らしていたはずなのに、連休中は1度も見掛けなかった。直前までは3日と開けず顔を合わせていたので、ずいぶん久しぶりのように感じたルカだった。




