35 初めての指名依頼
ルカが強制的に取らされた連休も、残り僅かとなった5日目の夜。この日はソウマとケイもルカの家に来て、日本からの転移者が揃って夕食を食べていた。メニューはソウマ達が買ってきたチキンサンドと、ルカが有り合わせで作ったスープに温野菜のサラダ。最近ご飯の和食率が上がったとはいっても、まだ週に1度くらいのものだ。
それでもサラダを醤油マヨネーズで和えたのは、連休中に増やした醤油パックを全て渡してくれたケイ達への、密かな感謝の印だった。明後日からはユウキ達は冒険に出て、ルカも仕事に戻る。また暫く会えなくなるのは寂しい。だがソウマが今日受けてきたのが食材採集クエストだと聞いて、俄然ルカは興味が湧いた。
「植物型モンスターの花を取ってくるんだ。なんと指名依頼」
「え、凄いじゃん!」
指名依頼が入るのは、冒険者の中でも優秀で実績があり、人望もある有名人が殆どだ。ユウキ達はレベルも上がったし、それなりに有名でもあるが、まだ冒険者としての実績は少ない。
「凄いのかな……如何なんだろう」
「凄いよ、指名依頼されるってことは、実力も人柄も認められてるってことだもん!実際指名依頼されるのって凄い人ばかりだよ!」
「うーん、でも僕等の場合は、ちょっと違うというか。僕達って食材ハンターだと思われてるみたいなんだよね。依頼主さんも、そんな事言ってたし」
「それでも凄いことだよ!」
ルカが言い切ると、ソウマは照れたように笑う。この、ソウマの見るからに人の良さそうな外見も、指名依頼を受けるに当たって一役買ったことだろう。指名依頼は必ず依頼主と受注者が直接会って、クエスト受注前の最終確認をしなければならないのだ。
冒険者ギルドで仕事をしていると、冒険者といってもピンキリだというのが身に沁みて実感できる。そんな有象無象の中から誰かを指名してクエストを依頼するのは、依頼を出す方にとっても賭けのようなものなのだ。だから良い噂を聞いて指名依頼を出しても、契約書を交わすのは相手と会ってからと決められている。
ソウマは依頼主のお眼鏡に適ったのだろう。もちろん依頼を受ける側も、依頼主が信用に足るか見極めなくてはならないが、ソウマの人を見る目は確かなのでそこは安心だ。何しろ聖騎士という職業は、人の悪意や害意を察知するスキルが標準装備らしいので。
「食材ハンターってのは当たってるよね。アタシ達、味噌とか豆腐とか探してばっかりだし」
「そうだな。いっそ看板でも掲げるか?その方が、珍しい食材の情報が入ってくるだろ」
「良いかもしれませんね」
この調子だと、ユウキたちは本格的に食材ハンターとして活動する事になりそうだ。護衛任務や遺跡探索よりは向いているのではないかと、ルカも心の中で賛成しておいた。語感からして平和そうだったので。平穏無事の尊さを、このところ痛感しているので。
「ま、そこはゆっくり考えよう。それでルカ、ちょっとお願いがあるんだけど」
「何?」
「明日1日、ここの台所を貸して貰えないかな。冒険中の食料ストックを作りたいんだ」
「良いよ。私も手伝う」
「ありがとう、助かるよ。お店でも買っていくけど、売ってない物もストックしておきたくて」
冒険中の食事は、如何しても偏りがちになる。普通は乾パンや干し肉、ドライフルーツといった保存食に、野草を摘んでスープを作るのがせいぜいだ。場所によっては火が使えなかったりもするし、食料と水の確保は冒険者が一番頭を悩ませるところだ。
その点ユウキ達は全員異空間収納を使えるので、水にも食料にも困ることは無い。そんなパーティーは滅多にないので、恵まれていると言って良い。ただユウキ達は、困っている人がいたらポンポン食料を分け与えるので、ストックが直ぐに減ってゆくのだ。施しと受け取られようと、お人好し集団は目の前で飢えている人を放っておけないのだった。
「だったら明日は朝から買い出しに行って、食料と食材を仕入れないとね」
「皆、アイテムボックスに食べ物がどのくらい入ってるか確認したいんだけど」
「何があるかもリストアップしますか?」
「そうだな。それを見て、明日の買い出しリストを作ろう」
「ルカ、欲しい物があったら一緒に買ってくるよ。何かある?」
皆が一斉に自分のアイテムボックスを覗いて中を確認し始める。ソート機能とか並べ替え機能とかがあれば便利だが、そこまで高性能ではない。そんな機能が付いていれば、醤油パックももっと早くに見付かっただろうに。
ルカのアイテムボックスに入っている物は少ない。食材や調理済みの食品も幾つか入れてあるが、それらはアイテムボックスの時間停止機能を当てにしてのことだ。はっきり言って冷蔵庫の代わりなのだ。ルカのアイテムボックスの使い方はある意味贅沢だ。
「何作るかも決めないとな。おにぎりは必須だろ?」
「当然!あと玉子焼き!」
「ポテトサラダが欲しいです。冒険中は、手の掛かる物は作れないので」
「何だかお弁当みたいだね」
「良いじゃん!お弁当作ろうよ!」
賛成多数で、明日はお弁当を作ることに決定した。




